虚実の物語に秘めた「ごめんなさい」
創作のヒント No.2 高見順作「虚実」昭和11年(1936年)発表
高見順の初めての作品として「虚実」を読みました。レポートや論文の書き方としてはあり得ない文体と構成は、こんなにも物語の雰囲気を生み出すものなのか、と驚きました。
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「虚実」には、次の事柄が描かれています。
・先妻の思い出として、生活のために彼女をバーで働かせたこと。彼女が妊娠したとき、「働けなくなるから生むな」と言ったこと。子どもは死産し、やがて、彼女は「私」の元を去ったこと。
・「私」は、去った妻を恨み、彼女を小説に悪しざまに描いた。
・その数年後、友人の子供が、自分の死んだ子と同じ年に生まれたと知り、先妻のことを思い直した。
・先妻から、「小説のことは許すから、借金の保証人になってくれ」と頼まれ承知した。しかし、彼女の返済が滞り、「年下の夫の入れ知恵」と考えた「私」は、彼と話し合うことにした。
・先妻の夫の話から、かつては家庭的だった先妻が、正反対の女性になったことを知った。
・ある事件が起きた。
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岩波文庫、日本近代短編小説選昭和篇1の紹介文によれば、この作品に関係する事項を抽出すると、
・東京帝国大学在学中からプロレタリア文学運動に従事し、昭和8年(1933年)に検挙されたが、転向した。
・大学在学中、劇団を結成した際に知り合った女性と恋愛結婚をしたが、留置中にそむかれて、釈放後離婚した。「虚実」は、その女性との体験を踏まえて書かれた一連の小説の一つ。
高見順の「実」に関する情報がこれしかないため、「虚実」のどこが「実」で、どこが「虚」なのか判断できません。しかし、最後の2行の内容は、「虚」だろうと考えています。
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前述の紹介文によれば、「虚実」は、高見順独自の「饒舌体」で描かれているとのことです。具体的にどういった点を「饒舌体」というのかわかりませんが、確かに、「要は何を言いたいのですか」と感じる文章です。
そう感じたのは、二つの点にあります。
その一つは次のような文章でした。
・主要でない人物の細かい描写やエピソードが挿入されて、それを読む間に物語の主たる筋が消えかける。
・特定の事項に関する説明が、思いがけず長々と記されていて、それを読む間に物語の主たる筋が消えかける。
もう一点は、構成です。あるエピソードに関して読んでいたところ、「本題はこれからです」という風に、話が転換するのです。読み進めると、物語の主たる筋が「行きつ戻りつ」していて、「何の話をしていたのだろう」と道に迷う感覚がありました。
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「虚実」は、「実」から始まった話が、饒舌体によって雰囲気をまといながら、物語になった気がします。しかし、根底にあるのは、先妻への詫び状と思いたい。そんな作品でした。
よろしかったら、「虚実」、お楽しみください。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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