プロジェクト契約について
先日、「プロジェクトマネジメント5つの呪い」という記事を書きました。実は5つの呪いは、それぞれ別個のものではなく互いにからみあっているケースがほとんどです。呪いを解くための方法はいくつもあるのですが、その中で私が最も重要と考えているのはプロジェクトの「契約」です。呪いは、契約がいい加減なために発生してしまうことが実に多いのです。
とかく日本人は「契約」についての認識が甘く、いい加減にやってしまいがちです。日本企業の風土と一緒で発注側と受注側双方が「阿吽の呼吸」を重視し、なあなあでやってしまうケースが多いのはご存じの通りです。ひどいケースになると、大きな案件でも契約書が一切交わされていないということも実際にあります。きちんと書面に落とそうとすると、「信用できないのか?」などと啖呵を切られ、泣く泣く契約書無しでプロジェクトを進めてしまうというケースもあるようです。
「契約」に関し最近、世間の注目を浴びたのは日本の某大手重工企業がヨーロッパの客船会社から受注した豪華客船の建造案件でしょう。受注金額が約1,000億円だったのに対し、なんと累計で約2,500億円もの大赤字を出し、その会社が客船事業から撤退する契機となりました。建設途中で現場作業員の不注意から火災が起き、完成間近だった数百億円レベルの内装が灰燼と化し、大変な騒ぎになったことをご記憶の方も多いと思います。
この赤字プロジェクトについては様々な分析がなされているので、詳しくはそういった論評を読んで頂きたいのですが、基本的には発注主の度重なる仕様変更や追加工事の申し入れに対し、追加で費用を請求することが契約上難しく、赤字がどんどん膨らんでいったと言われています。またWi-fi設備の導入など、それまでその会社があまり手掛けてこなかった新しい設備を要求され、慣れない工事でさらに費用が膨らんだとも言われています。
これらはスコープの決め方が曖昧だったという面ももちろんありますが、とにかく契約段階での読みの甘さ、詰めの甘さがすべての元凶だったように思えます。例えば追加工事が必要となった場合は追加費用がかかる、と契約書に明記されていなければ、日本以外の国や海外企業相手では絶対にお金をもらうことは出来ません。仕様変更なども全く同じです。
実は私の親しい後輩が以前この大手企業に勤めていました。彼は火力発電所のタービン設計技師だったのですが、中東某国の火力発電所建設案件で、数年間赴任していました。その国は全く同じ仕様の火力発電タービンをその日本企業とアメリカのGE社に一基ずつ発注していたのですが、彼曰く、GEは数十億円の利益を出して終了したのに対し、その日本企業は逆に数十億円の赤字で終わったのだそうです。その国からの度重なる仕様変更や追加設備要求に対し、GEは契約書に則ってすべて追加費用を請求し、その日本企業は契約書にその旨が書かれていなかったため全て手弁当で対応し、巨額の赤字が生じたということでした。GEの契約書は辞書のように分厚く、日本企業のそれはペラペラの紙数枚だったとも言っていました。この時の経験が活かされていれば、豪華客船の大赤字は防げたはずなのですが。
もちろんあらかじめすべての派生条件や仕様変更を想定して契約書に盛り込むことは不可能です。しかしながら数々のプロジェクト経験を積んだ個人や企業であれば、落とし穴やリスク要因は分かっているはずです。問題はむしろ、面倒臭がってなのか形式張るのが嫌なのか、契約をきちんとしておこうとしない日本独特の文化やマインドにあるような気がしています。国内企業同士ならまだしも、海外企業がからむとそういったメンタリティは時に致命的な結果を招くのです。
契約書はいわば当事者間の約束を書面に落としたものです。細かいケースを想定し、きちんと内容を定めておくことは当たり前のように思えるのですが、本当に充分検討したうえで契約が交わされているケースはむしろ稀なように思います。
当社のケースで言うと、プロジェクト契約ももちろん多いのですが、仕事柄よく目にする契約書の一つが就業規則です(就業規則は、いわば個別の労働契約のベースとなるメタ契約とでも言うべきものです)。この就業規則の第一章によく「従業員の労働条件および就業等に関する事項は、この規則ならびに関係諸規程のほか、労働基準法その他の法令に定めるところによる」と書かれています。実はこの表現はリスクマネジメントの観点からすると完全にアウトで、会社にとって何のメリットもないばかりか危険極まりない表現なのですが、そのことをご存じの方は社労士を含めほとんどいません。就業規則のひな型としてネットなどで公開されているものも、ほとんどがこういった表現になっているはずです。このことに関しては、また稿を改めて詳しく書いていくことにしますが、まずは皆さまの会社の就業規則を確認してみて下さい。
きちんと法律を理解し、契約書を丹念に作る、ないし読みこむ癖を身に着けておかないと本当に酷い目に遭いかねないどころか、会社存続の危機、個人であれば人生崩壊の危機を招きかねません。プロジェクトだけでなく日常業務や日常生活においても、もっと契約事に対しては真剣に取り組むようにしていくことが重要だと感じます。