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ずっと好きだった幼馴染が転校をする、高校生の話。【5分ショートショート】

幼馴染の急な転校が決まった。
今朝の、登校中に言われたんだ。

「実は来週、引っ越すことになってさぁ」

いつも通り混んでいる電車の中で、吊革につかまって並んで立っていた私たち。
朝テストの英単語長を見て、必死で頭に英語を詰め込んでいた私を横目に、余裕そうな顔で彼女はそう言った。

最初は、冗談かと思った。
けど、いくらほっぺをつねっても痛いし、体育で転んだひざの擦り傷もヒリヒリする。おまけに帰宅したら母からもその事実を告げられた。
どうやら夢ではないみたいだ。

彼女が高校からいなくなる。
彼女がこの町からいなくなる。
彼女が私の前からいなくなる。

17年も隣にいたんだ。
楽しい時も、悔しい時も、苦しい時も、泣きたいときも、笑いたいときも、
ずっと隣にいてくれたから。
17年の当たり前が、来週にはもう当たり前じゃなくなる。
想像がつかない。けど、自分の体が怖がっているのがわかる。
彼女が、私からいなくなるんだ。

私は学校から帰って、制服のまま部屋のベッドにダイブし、そのまま動けずにいた。
今日は部活があったから、現在時刻は20時を回っている。
なのにお腹も空かない。汗だくなのに、お風呂にも入りたくない。
部活中の彼女は、「寂しい」なんて感情を一切見せずに、へらへら笑いながら転校のことを部員に伝えていた。
みんな驚き、悲しみ、ハグしたり、「大学生になったら遊びに行く」などという口約束を交わしていた。
一方私は、今朝彼女に「急だね。」としか言えなかった。
帰り道の電車でも、その話題には触れなかった。
なんか、…まずいこと言いそうで。

引っ越しの理由は親の仕事の都合らしい。
しかも場所はカナダ。
本当に、簡単には会えなくなってしまう。
簡単に。

心を曇りにしたまま、私は明日も明後日も、学校に行った。
彼女と、行きも帰りも共にした。
なのに話すことは、いつもと同じこと。
今日の授業のこととか、先生の愚痴とか、部活のこととか。
彼女はきっと、私が気を使って引っ越しの話題に触れないようにしていると思っている。

…ちがうよ、そんなんじゃないよ。
話せないんだよ。
話したら、私が全部出てしまう。
電車の中でどうなってしまうかわからない。
もしかしたら、彼女を困らせてしまうかもしれない。
見せたことない一面を見せて、彼女に嫌われるかもしれない。
…怖いんだよ、だから何も言えないんだよ。
”みんな”みたいに、平気そうに驚けない。
”みんな”みたいに、平気に泣けない。
”みんな”みたいに、口約束すらできない。
私はあなたのことを”特別”だと思っている。
私はあなたが一番。
だけどわかる。
友達がたくさんいるあなたには、私は、ただの幼馴染。
特別なんかじゃない。
そんな風に思われているのに、私が泣き出すのは変でしょう?
私が「行かないで」なんて言うのはおかしいでしょう。
私があなたのことを、本気で好きなのは、違うでしょう。

「また帰ってきたら遊んでよ。
その時はうちら大学生になってるし、カラオケオールとかでもいいかもね。楽しそうじゃない?」

引っ越し前、最後の下校の電車で、彼女はそう言った。
いつものように、普通に、少しへらへらして。

「うん、いいね、お酒とか飲めるようになってるのかな。」

平気そうなフリして、私は答える。
本当は昨晩眠れなかったのに、何事もなかったような顔しちゃって。

「あんた、お酒飲んでも顔変わんなそう(笑)」

なのに、彼女のその言葉に、なぜか私は心臓がドクンとした。
なんでだろう。
お酒なんて飲んだことないけど、…でもその言葉の意味、なんとなくわかる。
それって、「私が表も裏も、同じ顔を持ってる」って思われてるってこと、じゃない、のかな。
そんなの…わからないの?17年も一緒にいて。

「そんなことないよ。…そんなことないかもしれないよ。」

あぁ、我慢が崩れそう。

「そう?なんでよ。」

次の停車駅のアナウンスが流れる。
もう次の駅に止まったら、もう二度と、あなたと電車に乗ることはないのか。
もう二度と。
こらえてほしい私の気持ち、でも、もう最後なら、うちあけてもいい気がしている私。
彼女が私のことを見ている。俯いて、必死ですべてをこぼさないように我慢している私のことを、見ている。

きっと、彼女は気づいている。
彼女は、ずるいから。
彼女は、私が何かを言おうとしてるのに、気付いてる。
長いまつげと大きな瞳が、私の方に向いているのがわかる。
その白い肌も、サラサラの黒い髪も。
そんな美しいものをみたら、私がどうなるかわからない。
だから私は彼女のことを、見つめ返すことはできなかった。
その代わりに、その白くて長くて、温かい指と、冷え切った私の指を絡めてみた。
これくらいは、許してほしい。

「私だって言わないだけで、ずっといろいろ思ってるんだよ。」

言わなければ、ずっと好きでいられる。
こんなに素敵な気持ちを壊さずに取っておけるなんて、
こんなに幸せなことはないじゃないか。
彼女の温かい手のひらが、少し汗ばんだのが分かった。
もうこれ以上は、欲張れない。

電車がゆっくり駅に停車し、ドアが開いた。
それと同時に私は絡めていた指をほどく。
「行こ」と言い、電車を降りる。
彼女は私についてくる。
何事もなかったかのように。

「海外でもLINEってできるんだよね」
平気で話しかける私。
「うん。時差はあるけど。」
平気で答える彼女。
「じゃあ、思い出したら送ってあげる。1年置きぐらいに。」
「ひどい!毎日思い出してよ!」
「それは厳しいわ(笑)」
「つれないなぁ、17年も一緒にいたのに。」

ほんと、つれないよ、17年も一緒にいたはずなのに。

私たちはこれでいい。
このままでいい。
特別な感情なんか共有しなくても、私だけでいい。

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