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『詩』誰かの思い出のように
どっしりとした、四角い花崗岩の門柱が
正門に建っていたことを
私はどうして忘れていたのでしょうか?
切妻屋根の車寄せと 両翼のように
三階建の木造校舎が均等に
車寄せを中心に左右に伸びていて 薄緑色の
ペンキの剥げた格子窓が 行儀よく
こちらに向いて並んでいるのは
昨日眼にしたばかりのように
はっきりと私は覚えているのでした
エンタシス様の
切妻屋根を支える二本の柱の間を通り
正面玄関から中へ入ると
誰もいない建物のなかは森閑として 木造の
親柱に始まる手摺りを持った 幅の広い階段が
来る者を上の階へと誘っております
どれほどの人が行き来したのでしょう 磨かれたように
手摺りはつやつやと黒光りし 階段は
角が丸く擦られています
数段上の踊り場に
大人の背丈よりも高い 格子状の
アーチ窓が ふたつ並んでついていて
階段のすぐそこまで
明るい午後の光を柔らかく落としています
けれど私は
階段の脇を抜けて真っ直ぐゆくと
そのまま校舎の裏に出られることを
なぜだか覚えておりましたので
上の階へは行かず 真っ直ぐに
外へ出るほうを選びました ところが
裏口の引き戸に手を掛けたとき
微かに校舎の右奥から声がするのに
私は気づいたのです
サイタサイタ
サクラガサイタ
思わず私は振り返って
右奥のほうを見やりました でも
板の間の廊下が真っ直ぐに伸びているほかは
建物のなかは
やはりしんと静まり返っていて
ゆっくり時間をかけて朽ちてゆく
木材の匂いがうっすら籠っている他は 私以外に
誰かがいる気配すらないのです
束の間 私は右を見たり左を見たり
建物の奥を覗き込んでみましたが
それっきり何の物音もしないので
それはなかったこととおもうことにし 意を決して
裏口の引き戸を引き開けたのでした
そのとき ⎯⎯
私が目にしたものは 間違いなく
そこに本当にあったのでしょうか?
引き戸を開けると眼の前に
向こう岸が 昼の日差しに白霞むほどの
大きな川が右から左へと流れていて きらきらと
川面が光っているのです
川底の小石を水が嘗めて通るほど嵩は浅く
子どもたちが何人も
踝まで浸かってはしゃいでいます
呆然と しばらく私はその光景に
ぼんやりと見惚れておりました そのうちに
ふと気づくと川の上流に 単線の
赤い小さな鉄橋が架かっていて
やがて リズミカルな音を響かせながら 光景のなかに
二両ばかりの列車がゆっくり入ってくるのです
すると子どもたちは水遊びの手を止めて いっせいに
列車に向かって大きく両手を振り出すのでした
いつの間にか
私は白いレースの日傘をさして
鉄橋を斜めに見送る土手の上に たったひとり
誰かの思い出のように立っていました
ああ ずっと遠い日
私も踝を水に濡らし
鉄橋をゆく列車に向かって
両手を振ったことがあったのでしょうか?
風が吹いて 私の淡い薄桃色のスカートと
足元の雑草をさやさやと揺らし
後ろへ去ってゆきました
今回はなかなかまとめきれず、文字通り
な、ものになってしまいました(汗)。
廃校とか鉄橋とか、自分のなかで懐かしくて好きなものを合わせてみようとして、どうやら破綻したようです。イメージだけではうまくいかないものですね。
今回もお読みいただきありがとうございます。
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