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『散文詩あるいは物語詩』滝の音

わたくしが、藍色の地に、裾から腰のあたりにかけて水玉模様の散りばめられた、きものをわざわざ選んで着てきたのは、そこが水の神様だからということもあったけれど、随分と山深い場所で、この時期 時雨にでも遭うのじゃないかしら、そうおもったからでございました。案の定、駅で頼んだ車が神社にたどり着く頃には、あたりは篠つく雨になり、私は車から降りるのをやや躊躇ためらいましたが、これはおそらく水の神様がお呼びになっているのではとそう考え、和傘を開いて車を離れました。思えばそのときドライバーの男性が、怪訝そうに私をご覧になっていたのでしたが、それは、境内に続く石段の真下に車を停めたからだろうと私は、そんなふうにおもっていたのでございます。


すぐだから、と私は車をその場に待たせ、石段を上がってゆきました。雨草履を履いてきてはおりましたけれど、石段は濡れて滑りやすく、私はすぐに後悔いたしました。それでも、せっかく来たのだからと左手に和傘を持ち、右手できものの裾をたくし上げ、足元を気にしながら、私は体をはすに向けて、俯きがちに上がっていったのでした。


実は私は、ここを訪れるのは初めてではございませんでした。それだからこそ、私はきものでも大丈夫と踏んで、ここまでやってきてしまったのかもしれません。時折足を取られながらもやっとの思いで上がりきると、そこに大人の殿方がようやく腰をかがめずにくぐれるほどの、丹塗りの細い、小さな木造りの鳥居が建っております。鳥居が結界というのはまさにこれで、以前に訪れたときもそうだったように、一礼をして鳥居をくぐると、とたんに辺りの空気が一変しました。


とは言えそこは境内と呼べるほど広くはなく、すぐ目の前に檜皮葺ひわだぶきの、流造ながれづくりの大きな屋根が迫っております。深い森に囲まれて、辺りにも、神社の中にも人影はなく、雨が蕭々と降りつのっているばかり。一歩前へ出るような格好で、格子囲いに傘をもたせかけて私は、拝殿に向かって手を合わせました。鈴も、お賽銭箱もないということに、そのときなぜ私は気が付かなかったのでしょう? おもえば音が出そうなものは何一つ、そこにはなかったのでございます。そして私はといえば、気圧けおされたように柏手かしわでも打たず、祈るでもなく願うでもなく、といって感謝を捧げるでもなく、ただ目を閉じて両手を合わせ、長いこと、そこに佇んでいたのでした。


いつしか雨は上がり、私と神社と狭い境内を、この時期には珍しい、ひんやりとした湿気が包み込んでおりました。最前より私の耳元で、滝のような、激しく水の流れ落ちる音が、ざあざあと、辺りにこだまするように響いております。眼を開けると音が消えてしまいそうで、私は両手を合わせたまま身じろぎもせず、その場に立ち続けておりました。まるでその滝の音が私を、今またここへ呼んでくれたとでもいうように。


あの方と知り合ったあのときから、私の中で、恋と人生は全くの同義でございました。目覚めること、食べること、働くこと、休むこと。語り合い、笑い合い、泣き、怒ること。そしてまた眠ること。人生とは、なぜかくも繰り返しなのでございましょう? もしあの方がいなければ、私には、とうてい耐えられなかったかもしれません。でも、別れもまた繰り返しのひとつにすぎないと、私は、どうして気づかなかったのでしょう? あの方とふたり、この神社を訪れたあの日、私は、永遠と繰り返しもまた同じことだと、どこかで悟っていたはずなのに。でなければ、今またここに来ようなど、どうして思い至ったことでございましょうか。あのとき滝の音を聞いたかどうか、覚えてはいないけれど、途切れることのない、水の流れ落ちる激しい音が、私に、改めて気づかせてくれたのでございます。


滝の音が響いていた耳元に、ふとひと吹きの風を感じ、私は眼を開きました。石段に気をつけながら後ずさって見上げると、神殿の、右の千木ちぎの上に山鳩が一羽、こちらを見下ろすように止まっておりました。いつしか滝の音も消えて、深い森の中から静けさが、冷たい湿気とともに広がってまいります。私は拝殿に向かって一礼をし、立てかけた傘を取りに前へ出ました。そのとき、拝殿の奥に薄靄うすもやのような、白いゆらゆらした光があるのに私は気づいたのです。いえ本当は、神社の前に立ったときから、既にそれに気づいていたのかもしれません。私は、小さくひとつため息をつき、拝殿に向かってもう一度、静かに頭を下げると、傘を手にその場を後にいたしました。


足元に気を遣いながら石段をゆっくり下りてゆくと、ドライバーの男性が車を出て、ほっと安心したような顔を私に見せました。奥へ入っていかれたままなかなか戻っていらっしゃらないので心配していたところでした、あんなところで何をされていたんですか? 私はちょっと微笑んで、神社が ⎯⎯ 言いかけて振り返ると、そこには神社はおろか、足元を気にして上ったはずの石段もなく、代わりに樹齢何百年かの杉の木立が何本も、天を突いて亭亭と並んでいるばかり。空気がひんやりと湿っていて、微かに白い霧が、木々のあいだを流れてゆきます。哀しみが、暗いおりのように私の中に広がって、私は黙って眼を伏せました。寒そうに両腕を抱えていたドライバーの男性が、ドアを開いて私を促しました。


私はでも、ここへ来るのは確かに二度目だったはずなのです。車に乗り込んでからも、深い杉の木立の森を、私は眼で追い続けておりました。そして、車が一度バックして向きを変えたそのとき、森のどこかずっと奥の方で流れ落ちる滝の音を、私は、聞いたような気がしたのでございました。




これを詩と呼ぶべきかどうか、自分でも躊躇っています。でもショートショートかと言われると、そのようでもありそのようでもなし・・・時間にすると、おそらく僅か30分程度のことなので。上がってって神社に拝礼して下りてきた、それだけのことですからね。

学生の頃、井上靖の散文詩を習ったとき、散文だろうが何だろうが、そこに「詩」があればそれは詩なのだ、という、なんだかすごく乱暴なことを教わった覚えがあって、だったらこれも「散文詩」でいいだろうと。
ま、分野はどうあれ、お好きに味わっていただければ幸いです。ただ、前回の短詩より、自分としてはこっちのほうが書きやすいですね。




今回もお読みいただきありがとうございます。
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