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自由詩のマガジン

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自作の、行替えされた普通の体裁の詩です。癒しが欲しいときなどぜひ。
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#なんのはなしですか

『詩』林のなかをシュプールが伸びている

林のなかをシュプールが伸びている 枝枝を絡ませた木々のあいだを 青灰色の レールとなって雪の面を シュプールが 誘うように伸びている 枝のなかに こんな雪の朝でも鳥がいて 時折雪のかたまりがどさりと落ちる その鳴き声と羽音とともに 青灰色の そのシュプールを追うように 僕はスキー板を滑らせてゆく 森の奥に 昨日見かけた娘かしら? そんなはずはない 昨日午後から 夜明け前まで雪が降って 森に入ることなどできなかった けれどシュプールは新雪の上に 軽やかに 躊躇う様子もなく伸び

『詩』冬の朝露は国語なのよ、と君が言う

朝露がいっぱいに降りている   ⎯⎯ 夏の朝露は数学だけど、   冬の朝露は国語なのよ 庭を散策しながら君が言う ⎯⎯ ではガーデニングは哲学かな? 笑いながら僕が言うと ⎯⎯ 哲学なんかじゃないわ 近くの草花に手を延べながら いつになく真顔で君が答える まだ残っている草花も 冬が来て ほとんど茎だけになって揺れている 僕らは見たことがなかったろうか、おざなりに 朝露が枯れた葉の上で揺れている つまらないこんな抽象画を 綺麗に刈り取られたあとに広がる 黒々とした土壌の上で 

『詩』逝ったひと

固定電話のほうが スマホより おもいが宵の明星に届きやすいのは 星々の 光が過去だからに違いない 柩に入れる花々が 物憂げなのは 予期せぬ出来事だからに違いない 何を越えたというでもないのに 昨日と今日が違うのは 秋雨が 濡らして通ったからに違いない そして誰も 変わらず今日もここに居る 特に付き合いがあったわけでもないけれど、訃報に接するというのは、それだけで特別なおもいが湧くものです。あれやこれや、何かしら考えてしまいますね。前日はそんな一日でした。 今回もお読

『詩』みかんの皮が思想なので

炬燵の上の みかんの皮が思想なのは 図らずも 中身を食べてしまったから でも林檎の皮がそうじゃないのは 林檎の皮は宇宙だから  (みかんの皮はゾウなのだ) だから今日は君を誘って メトロに乗って 美術館に絵を見にゆこう 現代アートという名前の ただの真っ白いキャンバスを そして 君とふたりでみかんを食べよう その絵の前で 残ったみかんの皮は思想なので 真っ白なキャンバスと会話をさせよう 警備員が怒って駆けてくる前に 林檎の皮は宇宙なので 互いに広すぎて 会話はうまく弾まない

『詩』不安という名の

昨日の僕は 都会の大きな噴水の横を 空っぽのリュックを抱えて歩いている 噴水は時間と双子なので 春のコートを着て 昨日も噴き上げ続けている 一週間前の僕は傘をさして 古い桟橋の先に立っている ほんの少し 僕はメアリー・ポピンズに似ている 空は曇っているけれど 雨は降ってなくて構わない 半年前の僕は頭を垂れて 睡魔に喧嘩を売っている ごく小さな 田舎町の図書館で 生きかたのマニュアルは 色彩学の本には載っていない そこで 二十七インチのディスプレイに 一年前の僕は 無数の直線を

『詩』姫薔薇

姫薔薇の鉢植えをいただきました 淡紅の小粒な花が 私の心に相応しいと あなたは気づいていたのでしょうか それともただの偶然でしょうか 時雨の月といいながら 青々と 空がすべてを染め返すよう なおのこと だから 気持ちも妙に冴え冴えとして しんと鎮まっていたところに こんな金平糖のような 小さな薔薇のポットが届くなんて そんな昼下がり 南を向いた私の窓は 時雨の月の青空でいっぱい あなたから届いた姫薔薇を 窓辺に飾れば ほんの少し 心が晴れやかになったよう こんなとき あの「

『詩』ダリア〜ダリアには明るい陽の光がよく似合う〜

ダリアには 明るい陽の光がよく似合う そう言ったのはあなただったか こんな木陰の一軒家で 吹き込む生成りの風と戯れながら ひとり 煮物の鍋をかき混ぜている そんな時間が愛おしい 煮物の火を止め ダイニングテーブルに腰掛けて 読みかけのヘッセを開くと 秋が 窓辺に来て微笑みかける 大きなオレンジの羽を休めながら 私は誰を待っているのか 家の前のイチイの木に銀色の 時間が雪のように降り積もり それなりに 私も歳をとってしまった そうしてあなたはいってしまった 華やかな 真

『詩』空飛ぶクルマに乗って

オレンジ色のスプレー薔薇の花束と ハート型の 色とりどりのキャンディーを詰めたショットガンと (詩篇は変色して古寂びた紙の上) 公園で子どもから貰った十二色の パステルを持って 僕は空飛ぶクルマに乗る さながらドン・キホーテのように 一秒も遅れることのない日時計に 僕はこれから戦いを挑むのだ 波止場の 魚臭い倉庫の陰に捨てられた 空っぽの 使い古しの宝石箱のように山積みされた 言葉を救い出さなくては! ところで誰が 日時計の在処を知っているのだろう? 生まれてくる何人もの恋人

『詩』誰かの思い出のように

どっしりとした、四角い花崗岩の門柱が 正門に建っていたことを 私はどうして忘れていたのでしょうか? 切妻屋根の車寄せと 両翼のように 三階建の木造校舎が均等に 車寄せを中心に左右に伸びていて 薄緑色の ペンキの剥げた格子窓が 行儀よく こちらに向いて並んでいるのは 昨日眼にしたばかりのように はっきりと私は覚えているのでした エンタシス様の 切妻屋根を支える二本の柱の間を通り 正面玄関から中へ入ると 誰もいない建物のなかは森閑として 木造の 親柱に始まる手摺りを持った 幅の

『詩』秋かしら

水風船をアスファルトに叩きつけたように 日差しが炸裂する 真っ白な 眩いスクランブルの向こうから 大きく弧を描いてマルーンの 路面電車が近づいてくる 線路を横切って 停留所に駆け込んだ拍子に 少年の ズボンのポケットからそれは落ちて 停留所のタイルでカツン、と跳ねる 路面電車の窓に貼り付いて 乗客たちがこっちを見ている 今しもデッキに足をかけた少年と 跳ね上がった アンティークの真鍮の棒鍵が重なって 束の間 時間が静止する 秋かしら、本当に? *タイトル画像はこちらを使用

『詩』コスモス

僕が車を走らせると 風が舞って 道端に並んだコスモスが きゃらきゃらと 皆いっせいに騒ぎ立てる 若さに成り立ての少女のように この町は海抜が高いので ほんの少し季節が早い そのせいか そこには僕たちの あたりまえの暮らしはない その代わり 朝のミルクと チーズとパンと ごく自然に 神様との会話が溢れている 道端のコスモスの群れが点々と 僕を畑へ導いてくれる コスモスは気位が高いので 大勢集まると淑やかになる けれど 本当は誰より目立ちたくて 顎を上げ 細い首をいっぱいに伸

『詩』絵本/揚羽蝶が

Ⅰ 水平線を 揚羽蝶が飛んでゆく わたしはフェリーの舷側に立って その黄色い揚羽蝶を見ている 波頭と 水平線と それから 黄色い揚羽蝶 他に見るものが何もないから わたしはずっと 揚羽蝶のことを見ている 午後の日差しが背後に回って 揚羽蝶がよく見える その羽ばたきが  ⎯⎯ あんなに羽ばたいて疲れないかしら そんなことをおもいながら こんな水平線の上に 本当なら いるはずのない揚羽蝶を わたしはずっと見つめている スクリューと その波音が聞こえている甲板で 水平線だけがある

『詩』大御舟(おおみふね)が死んでいる

大御舟が死んでいる 広い湖の向こう岸近く 少し浅瀬になったあたりに 半ば身を横たえて 波に洗われるまま 私は湖のこちら側で 水のなかに降りてゆく 階段状の石のひとつに 腰を下ろして 無限の時を じっと釣り糸を垂れている 草履の指先を波が洗う 向こう岸に横たわった 御舟を洗う同じ波が 岸から少し離れて葦が生えていて 葦の隙間から 丸く弧を描く白い帆が ゆっくりと 右から左へ動いてゆくのが見える 私はそれを気まぐれに <時間>と名づけることにしよう 私はこの地に宮を建て 青

『詩』ランウェイ

ステージに立つ とたんに足が震えだす 舞台裏で 何度も人という字を書いて ボクは飲み込んできたはずなのに 鏡を見ては 指先で 口角を上げてきたはずなのに シーリングに フロントライトにサスペンションに それからたくさんのフラッシュに BGMは フラワーシャワーのように降り注いで ハイテンションに みんなの心臓まで踊り出す 足を踏み出してもいないのに 暑いのはライトのせいかしら? 大丈夫、と頭のなかで声がする ガンバッテ! と 本物の声がステージに飛ぶ たくさんの眼が ボク