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白・黒・モノクローム:3 /五島美術館

承前

  「白・黒・モノクローム」展に併設の、日本のやきもの特集。その中心は、桃山から江戸初期にかけての作品となっていた。
 前回ご紹介した黄瀬戸に織部、光悦もこれに該当する。はずれるのは乾山の向付5客組、2点の古九谷のみだった。
 桃山の茶陶は日本陶磁のひとつの頂点をなしており、五島美術館の日本陶磁で最も手厚い分野も桃山茶陶。おのずと桃山が中心となるのだ。

 この部屋の展示作品は「白・黒・モノクローム」に限らず、カラフルなものもあるが、《黒織部沓形茶碗 銘 わらや》(桃山時代・17世紀)はまさしく「白・黒・モノクローム」。ふたつの展示室を架橋する存在といえ、最も目立つ中央の行灯ケースに単独で展示されていた。
 まず目に飛びこんでくるのは、これまた不思議な鉄絵の文様。黒い鉄釉をこの箇所だけ掛けずに残し、文様を描きこんでいる。言語では形容しがたい抽象的な文様を「幾何文(幾何学文)」といって逃げたりするが、あみだくじのようなこの文様に関しても、そういわざるをえないといったところか。
 口縁は、大きく波打っている。掛け残しの白地のあたりは平坦で、やがて、大きなお山が2つ現れる恰好だ。波打つのは全体のかたちも同じで、楕円形に歪められている。
 みなさんの食器棚に、これほどに波打ったうつわはあるだろうか。きっとないと思う。うちにもないし、店では売っていない。現代人の視点でみても、型破りだ。

 桃山の造形の特色は、このように「奇矯」ともとれるほど大胆に歪められたかたち、力強い箆目(へらめ)の跡などに象徴される。
 本展では《志野矢筈口水指》(桃山時代・16~17世紀)や《古備前耳付花生》(桃山時代・17世紀)に、その激しい造形性をとりわけ強くみた。
 前者・志野の水指は、この写真のアングルからはおとなしく感じられるかもしれないが、右奥の側面がごっそり、豪快に篦(へら)で削りとられている。今回、改めて観察して、そのごっそり具合に驚かされた。なかなかそうもいかないけれど、桃山のやきものは、できるならば全方向から観察したいものだ。
 備前の花生は、土のやわらかさ、可塑性を強く印象づける。べろんと返された口、エヘンと先頭の前習えをしたような双耳に愛嬌を感じる。胴部はべこっと歪められ、「工」の字の形に篦が深く刻まれる。
 これらの特徴は、古伊賀の花生にも通じる。

 五島美術館、次回の展示は「古伊賀 破格のやきもの」である。
 じつのところ、桃山茶陶のなかで最も激しく、最も “ヤバい” 造形性をもつ「危険」なやきものは、志野でも織部でもなく、古伊賀だと思っている。あまり詳しくはないが、「ロック」といってもいいと思う(岩っぽいし)。
 とにかく、すごいやきものだ。

 にもかかわらず、古伊賀には謎が多い。まとまって収蔵している施設はなく、名品はバラけている。
 そのせいか、古伊賀を正面から扱った展覧会は、久しく開かれていない。三重県立美術館「古伊賀と桃山の陶芸展」(1989年)以来ではないだろうか……

 先ほど挙げた《志野矢筈口水指》、とくに《古備前耳付花生》は、古伊賀と同じ時代の気風をよく反映し、じっさいに同じ受容層・注文者であった可能性の高さを思わせる。
 そういった作を本展でしっかりお見せすることで、次回の展示に向けたよい「ほのめかし」というか、「予告」になっているなと思ったのだった。
 古伊賀展の主要な展示作品は、五島美術館のホームページにすでに出ている。これだけでもすごい、たいへんすごい。
 再訪に向け、胸が躍る。


京都・南禅寺にて。古伊賀の質感は、苔清水を思わせる



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