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多様性はうんざりするほど大変だしめんどくさいけれど良いこと

執筆者・東京人

「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」

これは『僕はイエローでホワイトで、ちょっとブルー』という本から抜粋した、著者であるブレイディさんが息子さんに向けて言ったことばです。僕は、大学院で移民やダイバーシティについて学んでいますが、この著者の言葉は「多様性」を表すうえで一つの真理だなと共感しました。

この本は僕が紹介するなんておこがましい、言わずと知れた名作です。この本のHPに著名人の方々が既に素敵なレビューを書いていますので、あらすじや魅力についてはそちらを参考にしてください。試し読みもできます。


今回は僕がこの本から好きな部分を抜粋し「多様性ってどういうものなのか」について自分自身で考えた事を書いていきたいと思います。


あらすじ

と言って、自分が考えた事をつらつら書き始めようと思いましたが、読んでいない人にとってはなんのこっちゃとなるかもしれないので(ぜひ読んでほしい)、事前に最低限のあらすじは共有しておきたいと思います。

この本はイギリスに住んでいるブレイディさんから見た、中学生である息子さんとその友人たちの日常を書き綴ったものです。息子さんはイギリスと日本のアイデンティティ(それが題名のイエローでホワイトの部分)を持っています。そして、彼は荒れていたことで有名だった、主に白人労働者階級の人が通う中学校(作中で「底辺中学校」と言われている)に進学します。そこで様々な子供ならではの事件が起きていくのですが、それらは抽象化すると今も世界が直面している貧困や差別、アイデンティティといった問題に由来するものなのです。この本ではそんな日常を悩み考えながら乗り越えていく息子さんとブレイディさんが描かれています。

子供の視点で具体的な話から描かれているからこそ、差別とか格差とか一見複雑で難しいと思ってしまうような話もスイスイ入ってきます。「子供ならではの視点から問題にぶつかり、息子さんが悩みながら答えを導いていく、そしてそれをブレイディさんが見て再解釈する」この流れが僕らにも、わかりやすく社会問題を教えてくれて、それだけでなくいろいろ考えさせてくれるきっかけを与えてくれているのです。


多様性ってどういうものか

それでは、本題です。僕の中で印象に残ったのは、一番最初に書いたブレイディさんの言葉が出てくる4章のスクール・ポリティクスの最初のシーンです。

息子さんには二人の友達がいるのですが、雨の日に友人たちにそれぞれ車に乗って行けと誘われます。仲良く三人でいけばいいのですが、二人の友達は互いに「移民のくせに!」「アンダークラスのくせに!」とヘイトをぶつけあっているので息子さんが板挟みになっています。

その状況を受けて息子さんが「(今の状況が」どうしてこんなにややこしいのか?小学校のときは外国人がいても問題はなかった」と言います。ブレイディさんはそれに対して、「小学校の時は国籍や民族は違っていたけど、家庭環境は似ていた。一方で、今はそれら以外にも多様性の軸(貧困など)がある」と言います。

今度は息子さんが「多様性は良いことだと学校でならった。だったらなんでややこしくなるのか?」と聞きます。それに対してブレイディさんは「多様性は物事をややこしくするし、喧嘩が絶えないし、ない方が楽だ。でも楽ばっかりしていると無知になる」と答えました。そして最初の引用文に続くのです。

「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」


今現在、この「多様性」は素晴らしいもの、達成すべきものとして語られている印象があります。でも、僕はそれに対して違和感を抱いています。一度これは大学の時にした議論ではあるのですが、「多様性って目指すものというより本質的にはもともと存在しているものじゃないか?」と思うわけです。

人間は生まれた時から多様性があります。たとえ同じ性別、同じ国籍として生まれようが全く同じ人はこの世に存在しません。比較する軸を増やせば、その存在は最初から多様であるはずなのです。

しかし、その多様性は成長するにつれて失われる傾向があります。それはなぜかと考えると、これもまた本質的に、人間は居心地のいいコミュニティをつくる生き物だからだと思います。つまりそこには、仲間に入れる人と入れない人がいるのです。

加えて、そもそも人間は何か事象を理解する時に、複雑なまま理解することはできません。カテゴリー分けしたり、分割して考えるはずです(中には見ただけですべてを理解できる天才もいると思いますが)。

「物事を分割して考える、かつ居心地のいいコミュニティをつくる」、こうなると自然と排外的になり、多様性は失われていくと思うのです。物事をややこしくする多様性、喧嘩を生む多様性は必要ないとなるのも頷けます。

これを踏まえると、最初の多様性は素晴らしいもの、達成すべきものという盲目的な前提に疑問が浮かびます。それを唱える前に「多様性は存在していたはずなのに何もしなければ自然と失われていく、それを維持することはめんどくさくて大変」という性質を理解したほうが良いのではないかということです。つまり、頑張らなければ、意識しなければ維持できないものだと思います。


多様性はなぜ必要なのか

そして、これは息子さんが持っていた「大変なのに多様性はなぜ必要なのか?」という問いにつながります。ブレイディさんは「無知を減らすから」と言いましたが、僕なりにこの言葉の意味をかみ砕き、それは「(多様性に身を置いて)無知を減らすことで/は○○」と解釈できると思いました。なにより○○に入ることが重要であり、そこには二つの意味があると考えます。

まず、「無知から脱することで無意識的に差別したり、排外的になることを防ぐことができる」ということです。差別は歴史が長く、構造的な問題です。例えば、最近話題になっている黒人差別、白人と黒人の格差も構造的な問題にあたります。先祖代々良い教育を受け富を受け継ぐ白人と、貧しさからあまり選択肢を持っておらず貧困から抜け出せない黒人。黒人が選択肢を増やせないのには肌の色で就職ができない、ある地区の家に住めないなど肌の色で差別されていることがあるからです。

以下の動画に"Systematic Racism"としてわかりやすくその構造が説明されているので載せておきます(日本語字幕もあります)。


そして、この差別自体にも多様性があります。黒人差別だけではありません。男性と女性、LGBTQ、経済格差、障がい、国籍、人種等多くの要素が存在します。これだけ多様化していると、自分が直接的に差別をしていないと思っていても、無自覚で偏見を持ったり、間接的に加担してしまうことがあるのです。しかし、無知から脱することで多様性に対して想像をすることができます。いろいろな考え方が存在すること、そこにどのような背景があるか、これらを知っているだけで差別や排外的な行動を少なくすることができると思います。


もう一つが、「無知を減らすことは何より面白いし、楽しい」ということです。これは正直自分が差別を受けていないからこその意見かもしれません。でも、先ほど書いた知らなければ差別は減らないということがネガティブな意味だとすると、こっちは知ることで面白くなるというポジティブなものです。僕は差別をなくすためにはこういうポジティブな考え方も重要だと思っています。

多様性の中に身を置くことで、今まで自分の経験や知識にない新しい何かに出会うことができます。新しい何かとは、人、考え方、価値観、文化などを指します。単純に多様性関係なしにも、未知の世界を知ることはめんどくさかったり、大変だったりするけれど、楽しく面白いことではないでしょうか?

無知を減らすこととは少し話が異なりますが、多様性の面白さに関しては、最近エンターテインメント作品でそれが活用されているなと感じます。それを率先して行っているのがNetflixでしょう。特にNetflixオリジナルの作品には、現代の社会問題が数多く出てきます。「13 Reasons Why」や「Sex Education」などは個性の強いキャラクターたちが作品の魅力になっています。白人も黒人もいる、舞台はアメリカやイギリスだけどアジア系もいる、LGBTQの人たちがいる、お金持ちもいれば貧乏な人もいる、という風に様々な人がいるからこそ物語がより複雑に面白くなっているのです。

また、昨今映画やドラマなどの作品で多様性を確保することが求められています。作品の中に多様性があることはご時世的に求められているからとも捉えられますが、一方で面白くするために多様性を入れ込んでいるとも捉えることができると思います。なぜならそれが圧倒的でユニークな個性につながるからです。



おわりに

「多様性は、うんざりするほど大変だし、めんどくさいけど、無知を減らすからいいことなんだと母ちゃんは思う」という言葉について僕なりに考えてきました。最初にも書きましたが、多様性を表すうえでとても共感できる言葉だなと思います。

誰にとってもきっと多様性があることは大変だし、めんどくさいものです。でも、多様性があることで無知を減らすことができて、それは同時に差別を減らしたり、面白さや楽しさを生んだりします。だからこそ居心地の良さを求めて自然と生まれてしまう排外性に自覚的になり、多様性を維持するべく努力する必要があると思います。自戒を込めて。

この本を読むと、息子さんが直面する出来事、ひいては世界で起きている問題に心が痛む場面もあります。でも、同時に心温まる場面もたくさんでてきます。なにより息子さんの行動を見て、自分が子供のころにきっと持っていた、偏見なく誰にでも素直に接することができる心を大事にしないとなと思いました。

もしもし万が一、まだ読んでいない人がいたらぜひお勧めしたい一冊です。















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