木芽ハルナ/ Konome Haruna

*ラジオで働く東北人*24歳*哲学・倫理学・法学*恋愛論・価値観・思考・人生観*noteは文章として綴られる言葉表現の場として置いています*言葉は着飾らずに、心はまっさらに*

木芽ハルナ/ Konome Haruna

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  • 木芽ハルナ入門

    まずこれらの記事を読んでください。思わずスキしたくなるような記事でありますように。フォローしたくなるnote筆者になれますように。

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”人生”のタイムリミット

 私はあと648日。これは自分で決めた。別に余命宣告されたわけでもない。先が見えない人生の中で、いきなり明日が消えるのも怖いけど、だらだらと続いていく終わりの見えない日常が嫌になった。  1000日を切っている。今、自分がやりたいことは何か、できることは何か。やらないと後悔することは何か。  今日は電池切れ。そういう日が今までにも多々あって、毎回病んできた。どうして自分は、どうしてこんなに弱いんだ、ひとりで強く生きるって決めたのにな。  病む。世の中とのつながりを切る。

    • 繋がっている

      彼が元気に笑っていた。 とある体育館で、私はお友達と劇を見ていた。 どうやら文化祭のようで、横一列にみんなで体育座りをして鑑賞していた。 「ほらみて○○くんだよ」「そういえばあの人さ」とか たわいもない話をしながらお友達と眺めていた。 その隣に、彼が座っていた。 じっと画面を見たり、後ろの男の子に話しかけられたりして喋っていた。 ユーモアがあって面白くて、からっとしたコミュニケーションが心地いい。 笑った時に目が消えてしまうのがかわいい。 ふいに「だよね?」とその彼に話

      • 立つ鳥跡を濁さず生活

        をしたいと思っている。最近は常に。 意味を調べてみれば、  自分に置き換えてみると、宿やお泊まりに行った時にはちゃんと片付けて出てくる。学校や職場も片付けて過ごす(職場は紙類溜めがちだったかもとふとよぎる)。  問題は、自分の部屋だ。そもそも自分の部屋に対しては”立つ”という意識が無いものだから、帰ってきた自分さえよければと思って好き放題にしている。いつ泥棒が入ってきてもわからないぐらいだったりする。  数年前、年下の男の子に「一日で片付かない部屋というのがよくわから

        • ゆめうつつ

          気付いたら、体育館にいた。 色白で元気はつらつな、中学校のお友達であるかわいいあの子と一緒に移動するところだった。 スニーカーに履き替えて外に出ると、 そこは河原になっていて、手前には飲食の屋台・奥には山車が準備をしていた。 「今日お祭りだったっけ」 「そうだよ」といって彼女は縁石に座った。 飲食の屋台の人たちもみんなで出てきて山車をひくみたいだ。 どうやらこちらはわっしょいではなく食べ物の名前を掛け声にするらしい。 お祭りに出る人たちが一生懸命ぶつぶつ「焼き鳥ココア…」と

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          teach

          今は、自分のノートパソコンの整理をしている。大学時代から使っているので通算7年。はじめての自分のパソコンで、ルールを定めずに好き勝手使っていたから文書が散らばりっぱなしだ。 過去の文書の中には、卒業論文に向けて調べものをした資料や感情をそのまま綴った書きなぐりの文章もある。 そのうちのひとつを、以下に持ってこようと思う。 鍵を握るのは「改善」だ。 誰かに教えてもらう、指摘してもらうのは手っ取り早い改善の方法だ。 自分で気付かなかった点を知ることができる。 ただし、学

          鎖よ羽になれ

          「自分のために生きる」ことに縛られすぎていた。 2か月間、気が休まる瞬間が無く、寝るのも苦しく起きるのも苦しかった。ひとりでいるのも辛いし、人と会おうとするのも辛い。仕事は自分が選ぶという決定権を持っているけれど、そもそもその仕事に巡り合えるか、与えてもらえるか任せてもらえるかは別の話。可能性はつぶしたくないからなんでもやれることを探している。全てが仕事に見えてくる。全てに興味を持とうとする。すべてやってみたくなる。 正直すぎる気持ちの吐露だ。 「自分で選んだ道だから」

          悪霊退散

           重たい気持ちが抜けない。  趣味の習い事では一気に集中して煩悩ひとつも気にならなかったけれど、 そのあとはずっと重い気持ち。言葉にできれば軽くなるかもしれないけれど、これがまた緊張でも不安でも嫌でもひとことには当てはまらないから困ったものだ。  気分転換にお散歩しようと普段下りない駅で降りた私は強風に向かわなければならず何も考え事ができなかった。  風から逃れようと目指していたカフェはおやすみだった。  前からいってみようと思っていたお店は想像以上に古びていて、まだ

          はちみつ

           どろどろしたものが体の芯を流れている。  はちみつ生姜飴を流し込んでも染まることはない。はちみつよりももっと黒くてもっとどろっとしている。  この正体を私は知っている。正確には、これが何を自分にしてくるかを知っている。どろどろはいつも喉の真ん中につまり、それより上に出てくるとこんなにどろどろしているのに綺麗に姿を変えて透明な涙として姿をあらわす。  そうか、透明なのにこんなにも見る人の顔を歪ませ呆れさせ失望させるのはこの中身のせいか。  いわゆる「普通」と呼ばれる人

          分離

           生きる意味なんて考える方がナンセンス。 そんなの数年前から分かってる。あったほうが恐ろしい。  そのうえで、「私にはこれが生きる意味」と勝手に決めている。 少しでも生きる意味をもっていないと自分が保たれないことを知っているから。同時に、決めきることで生きる意味をこれ以上追求しないようにしている。  なのにまた最近私は生きる意味を探している。  会いたい人に会いに行くために生きているなんてものすごく幸せなのに、私は何か足りないと思っているのかしら。足ることなんてないのに

          澄心

           いつもの冬が戻ってきた。今日は朝からずっと雪が降り続き、街中でも10センチぐらいは積もった。  雪を踏みしめる足の感触、傘に積もる雪のさらさらとした音、いたるものに積もる雪のたくましさとビジュアルの可愛さ、街の雑音を消す雪。夜も暗くならない雪の街。私にとって癒しの暮らし。もし一年中夏の国か冬の国に行かなきゃいけないとしたら、私は後者を選ぶかもしれない。  私にとっては真っ白に染まる街が、美しくて癒されて沁みて仕方ない。

          過去作を読んで。4年前の私へ、仕事観に幸せという言葉がよく登場するようになったよ。

          過去作を読んで。4年前の私へ、仕事観に幸せという言葉がよく登場するようになったよ。

          渇望

           4年経っても私は変わらず生き急いでいる。  夏から仕事を一旦辞めて学生の身になったのだが、半年は短いようで長い。その間仕事が全くなかったわけではないが、月に数日になってしまったから正直毎度ブランクも怖い。学生期間は来年度の自分の将来についてじっくり考え直す機会でもあり、定期的にキャリアの時間がある。  私は通学が始まった時から既に焦っていた。特性「生き急ぎ」の持ち主は始まる前から焦りがちだが、時には「先回りをして動くことができる」なんていう良い面も持っている。おかげさま

          永遠小児科

           私は病院に行くのは慣れている。生まれてすぐから通い続けているから、もう注射も怖くないしむしろ定期健康診断をマメに受けているような感じだ。しかも小児科の先生は知識が広い。何か不安があったらなんでも相談できる先生がいるのは本当に心強い。あせもなど皮膚科の対応や、貧血時の対応までしていただいた。  23歳の今も行くのは、小児科である。私は今更違和感なんて何もないのだが、「お母さんと来院」と書いてあるメモを見たりすると、ここは小児科だったとちょっと思い出すこともある。小学生たちに続

          整理

           なんだか最近片付けが上手くいく。断捨離がスムーズ。なんだか不思議な感覚だ。  私は自分の部屋に限って片付けが大の苦手。6畳のワンルームだって毎日片付かないし、一人暮らしで3部屋もある大きな部屋にいたときもそうだった。「どうしたら1日で片付かない部屋になるかわからない」と言われるぐらい(平気なふりしたけどちょっとへこんだ)。  片付けなくてもどこに何があるかは意外と把握しているものだし、むしろ片付けた方がどこにしまったかわからなくなって掘り出すためにまた部屋が散らかって手

           たぶんこのタイトルをつけるのは二回目だ。  大事な人を泣かせてしまった。涙は、人の涙だ。私はいつもどちらかというと泣く方だから、自分の涙の意味や心の動きを考えることが多いのだけど、人を目の前で泣かしてしまったのは初めてに等しくて、すごくすごく苦しくなった。  私の方が悪いのに、わがままのに、いつも困らせているのに、まだ困らせている。私の言葉にイライラするでもなく言い返すでもなく涙を流した彼は、優しさと我慢をずっとたくさん抱えていたんだと思う。言いたいことが言えないのに、

          カマンベールを齧る

           急に肺の出入り口が狭くなったようだ。胸が痛い。  数日前、大事な人が高熱を出した。離れて住んでいるから簡単に行くことが出来なくて、唯一の連絡手段が携帯。生きているか確認するにも、寝ている呼吸をきこうにもきけるわけもなく、相手の返信が無いとわからない。  あまり過去と比較するのはよくないと分かっているけれど、どうしても脳が連想してしまう。私の大事な人はいつも生死をさまよわなければいけないのか?その場面に向き合うこと、その人をひとりにしないことが私の使命なのか?私は相手がどう