“元に戻す”だけでなく“より良い姿へ変革する”――コロナ禍で進んだメルボルンのまちづくりは結局どうなったのか
新型コロナウイルスのパンデミックは、世界中の都市に大きな打撃を与えました。オーストラリア・メルボルンも例外ではなく、厳しいロックダウンにより経済活動が激減し、街の在り方そのものが問われることになったのです。そんな状況下で、メルボルン市がどのような都市計画施策を打ち出し、「健康的で強靭(レジリエント)な街」へと変わろうとしたのかを分析した研究が発表されました。
執筆メンバーはメルボルン大学などに所属するMelanie Loweさんらで、掲載誌は学術誌『Cities』。論文タイトルは「Building back healthier? The transformative potential and reality of city planning responses to COVID-19 in Melbourne, Australia」です。私自身、「ロックダウンをきっかけに、街づくりをどう変えられるのか?」と疑問を感じていたので、非常に興味深い内容でした。ここでは、研究の背景や分析手法、そして得られた結論を、私の感想を交えながらご紹介します。
【研究の背景――なぜメルボルンが注目されたのか】
長期的なレジリエンス戦略を掲げてきた街
メルボルン市は「レジリエンス都市ネットワーク(100 Resilient Cities)」にも参加していた経緯があり、気候変動や都市の過密化など、さまざまなリスクに対して取り組む姿勢をもともと持っていました。そうした中で新型コロナが到来し、「ここで本当に強靭な都市に進化できるのか?」と、一種の実験的な状況に置かれたわけです。
コロナ禍の衝撃と施策のフォーカス
2020年から始まった厳しいロックダウンは、経済面にも深刻な影響を及ぼしました。そこで市や州政府は、「街をどう再生し、どんな形で次の危機に備えるか」というポイントに注目します。今回の研究は、そうした諸施策を健康的な街づくりとレジリエンスの観点から総合的に評価しようとしたものなのです。
【分析手法――どのようにデータを扱ったか】
政策文書を徹底チェック
研究チームは、メルボルン市とビクトリア州政府が2020年1月から2022年10月にかけて公開した政策文書を大量に集め、その中から「コロナ対策として新しく導入・改訂された都市計画施策」を抜き出しました。たとえば交通規制や住宅支援策、公共空間の利用法など、幅広い分野が対象です。
データの整理と評価
抽出した施策について、「健康面でのメリット(感染症と生活習慣病の両方)」「どの程度具体的に書かれているか」「レジリエンスにどんな影響を与えるか」などの項目に分類・評価しました。その際、“元に戻す回復力”だけでなく“より良い姿へ変革する力”があるかどうかが、重要な分析ポイントだったとのことです。
【主な研究結果――実際に何が変わった?】
歩行者空間・自転車レーンの拡充
大きく注目されたのは、歩行者と自転車を優先する街路づくりです。屋外を活用して物理的距離を確保しながら経済を回そうという狙いもあり、飲食店の屋外席(パークレット)の設置が急増しました。市内の道路を歩行者向けに拡張したり、新しい自転車レーンをまとめて整備する動きが加速したのです。研究者は「健康増進と交通の持続可能性の観点でもメリットが大きい」と評価しています。
ホームレス支援と住宅施策
ロックダウン中、路上生活者が感染症リスクにさらされていたこともあり、空きビルやホテルを活用した一時的支援が一気に進みました。これ自体は画期的でしたが、そのまま恒久的施策に移行することまでは難しかったようです。一方、ビクトリア州政府は公共住宅の改修なども行い、コロナ禍を「住宅問題を解決するきっかけ」にしようとした面もありました。
都市緑化の加速
外出制限で公園や緑地の重要性が見直され、街路樹を増やしたり、新たな公園づくりを進める動きも出ました。これらは雇用創出や熱波対策にも役立つと見込まれ、将来的には健康面や環境面にプラスになると期待されています。ただし、こうした緑化策にも「経済回復目的」が強く打ち出されており、抜本的な転換とまでは言えなかった印象があるようです。
【まだ足りない?――“本当の変革”というチャンス】
回復力だけでなく進化する視点を
研究者たちは、「都市のレジリエンス」を4つの段階(存続・回復・適応・変革)に分けて捉えています。メルボルンでは回復や一時的適応は進んだ一方、“抜本的に都市を変える”ところまで到達していないというのが今回の結論でした。特に、ホームレス支援などは短期間で成果を上げながらも、その後の恒久的制度設計にはつながりにくかったと指摘しています。
経済最優先への偏り
屋外ダイニングの推進やインフラ投資など、どれもコロナ禍からの経済再生に主眼が置かれていた一面は否めません。研究者たちは「経済回復自体は大切だが、それを機に新しい街のスタイルを定着させる発想がもっと必要だった」と述べています。
【研究が示す新たな視点――私たちの暮らしへの応用】
日常と危機を結ぶ都市デザイン
今回の研究では、コロナ禍が「街の使い方を再定義する絶好のタイミング」だったと強調されています。歩道を広げれば、高齢者や子ども連れにも優しいですし、公園の拡張は今後の猛暑や洪水対策にも活きます。こうした日常空間のデザインが、非常時にも強さを発揮すると考えられるのです。
今後に期待される連携とイノベーション
市と州政府の施策がうまくかみ合えば、さらに大きな変化も見込めたかもしれません。論文では、国や自治体、そして市民や企業など多様なプレーヤーが協力し、コロナ禍で得られた知見を長期戦略に組み込む必要性が指摘されています。すでに実施された事例をテストケースとして、粘り強くイノベーションを育てる姿勢が鍵になるというのが研究者たちの見解です。
【まとめと展望――危機をチャンスに変えるには】
研究チームのメッセージ
論文の結論としては、「コロナ禍で取り入れた施策の多くは、健康的でレジリエントな都市づくりにも役立ち得るが、経済回復のためだけに終わってしまう可能性が高い」と指摘しています。つまり、せっかくの実験的な機会を一時的対応で終わらせず、“次の危機や将来世代のために街を変えていく”方向に使おうよ、というメッセージです。
私たちができること
読者としては、「行政まかせ」で終わらせず、私たち市民も新しい街の活用法や公共空間のあり方を話し合い、アイデアを発信していく必要があると感じました。普段の生活で「あ、これコロナ禍から続いてる便利な仕組みだな」と思うところを見つけ、維持・拡張できるよう声を上げることも大切かもしれません。危機は突然やってきますが、そこから生まれた知恵を社会が活かせるかどうかは、私たち次第です。
【参考情報・ライセンス表記】
論文タイトル
“Building back healthier? The transformative potential and reality of city planning responses to COVID-19 in Melbourne, Australia”著者
Melanie Lowe, Sarah Bell, Peter Ferguson, Merrick Morley, Hannah Morrice, Sarah Foster掲載誌・URL
『Cities』 Volume 155, December 2024, Article 105479
https://doi.org/10.1016/j.cities.2024.105479この論文はCC BY 4.0ライセンスで公開されています。