二度の学校との話し合いをしてきた。 一回目は教頭先生との話し合いだった。 学校での出来事をそのまま冷静に伝えたが、あまり共感してもらえない様子だった。 教頭からは、あの先生にも考えがあってのことだということだった。 考えがあれば子供が声を殺しながら泣くほど追い詰めてもいいのか? と質問したところ、その先生から話を聞き、 校長と相談するとのことだった。 私は学校との関係を悪くはしたくないと思っているのに意地悪な質問をしたことを後悔した。 二回目の話し合いはとても有意義なものだ
桜が舞い、花粉が舞う、私の鼻は犬のように常に濡れた状態だ。そんな入学式の季節、ニ年生になった私の子供は不登校のままだ。 放課後、子供が妻と一緒に学校に教科書を取りに行ったときのことの出来事を書く。 この時、私は学校に入れただけでも子供の状態が良くなったなと嬉しくなったが妻の話を聞いて愕然とした。 子供は二年生から特別学級に入ることになっている。先生に挨拶をすませ教室に教科書を取りに行った。その際子供は妻から離れなかったという。その先生が妻から子供を離し、子供に「一人で教室にあ
ボーリング大会のお知らせが来ている、出欠の欄に☓を書く。交代の仕事をしている私の係の者は皆☓だ。上司が日程的に行ける人もいるんじゃないか、500円で弁当が出て景品も当たるぞと出席を促す。だが出欠表の☓は増えていくばかりだ。このボーリング大会は普段面識のない人との交流をするため席があらかじめ決まっている、私はコミュニケーションは大切だと思うが、知らない人とはボーリングなどしたくない。若い頃に何度か出席したことがある、コミュニケーション能力が高い人がいる席は盛り上がるがその他の席
子供がお菓子を食べている、ババが買い物のついでに買ってくるのだ。孫に甘い、お菓子も甘いものばかりだ。食べているのは占い付きの丸いチョコレートだ、これは私が小さい頃からある懐かしいお菓子だ。 私は中学、高校、社会人になってしばらくはめざましテレビの占いを欠かさず見ていたものだ。順位が良ければ少しだけ気分が楽になり悪ければ落ち込んでいた。不安の多い時期だったので占いにすがっていたのだろう。 社会人になり大きな怪我をしてから占いを見ることはなくなった、なにか吹っ切れるきっかけになっ
前回の続きを書いていく。博物館に入ったところからだ。エアコンの効いている博物館は快適だ、ただ長くいると体が冷えてしまうことが心配だ。 額の汗が展示物のガラスに落ちない様に気をつけながら見学する、古墳の分布図や内部の構造など見ながら当時のことについて思いを馳せる。こんなでかい墓なんのために作ったのだろう、権力を示すためか、当時の公共事業だったのか、働いていた人の給料はどのくらいだったのか、税金はどのくらい取られていたのか、働いている人は今と変わらずぼやいていたのか、昔から現場猫
社員旅行のアンケートがきている。コロナ禍により社員旅行はおろか運動会、ボーリング大会、遊園地でのイベント、ソフトボール大会、飲み会が開催されないぬるま湯に浸かっていた私には憂鬱なアンケートだ。このような催し物を歓迎しない輩は少なからずいるものだ。参加しなければ変わり者に思われるかもしれないし、参加すればとてつもない疎外感に苛まれることは目に見えている。私には会社で仕事以外の話をする人などいないからだ。自分を社会に繋ぎ止めるため、笑顔を作りながらも内心汗水垂らしたサービスをして
今日は起床後すぐに妻からの弁当無い宣言だ、よくあることなので気にはしない。何も食わないわけにはいかないので白飯とカップラーメンを持っていく。 昼休み、ラーメンにお湯を注ぎ入れるためポットの前に立つ、残量が少ない。使ったのなら入れとけよ、こんなところにも現場猫の影響が及んでいる。足りるかわからないお湯を不安を抱えつつ注ぎ入れる、まぁ、足りなければ水でも入れればいいのだが。 これでは栄養が偏るのでスープに浮いたネギをつまんで食べる、少しでも野菜を摂取するための涙ぐましい努力だ。
今日から6日間の日勤の仕事が始まってしまった。メールのチェックから始まり、荷下ろし先を決め、一日の段取りをする。他の係とのミーティングを終え朝礼だ。目新しい話はない、個人的に上司と仕事の話をし現場に出ようとしたとき片隅にある議事録が目に映る。いや、メールチェックの時点であることは認識していたが見ないふりをした。読むのが面倒なのだ、売上や進捗率などの数字を見てもなんのことがわからない。数字の前にある三角は何のためにあるんだ?しかも、黒と白がある。どんな意味があるんだろうか、まぁ
不規則な勤務をしている私には曜日感覚というものがここ10年以上靄がかかっている。 月曜日、本来なら学校にいっているはずの子供と家事をする。まだ小学校一年生というのに登校拒否をしている、最初は戸惑いもしたが今は元気でいてくれればそれでいい。 まずは洗濯だ、気になっていたが家には洗剤の類が多い、妻はこれだけの種類を使いこなすスキルがあることに敬意を私は持っている。洗剤を入れている箱の底に敷いてある新聞紙が煤けているのが気になり交換することにした。 取り出そうとした時、動揺が走る。
休日の終わりに日帰り温泉に行くことにしている。思えば今日は安定した一日だった、特性のある子供が癇癪をおこしても妻が落ち着いて対処してくれたからだ、そして私を快く日帰り温泉へ行かせてくれる妻には本当に感謝している。 そんなこんなで白線の消えかかった駐車場に車を止める、今日は車が多い。人の多い温泉に入るのに少し億劫な気分になる。知り合いの車がないかチェックしJAFのアプリを開きつつ受付に向かう、受付の若い愛想のない女性の対応が私には心地よく感じる。 調子が悪いのだろうか、かけ湯が
夜勤の前に図書館に寄り本を読むようにしている。若い頃の私は教養のかけらもないくせにそれに憧れ演じていたクズのような人間だった。 いつの頃からだろうか、いろんなことに諦めがつくことで心が落ち着き本を読むことに時間を使うことができるようになった。 車がすれ違うにはギリギリの細い道に入り軽四一台入れると白線いっぱいになるような駐車場に車をそっとねじ込む。嫁のお下がりの車は古く、バックカメラの画像が霞んでいる。 読書スペースへの扉を開けるとコーヒーの香りがかすかに漂う。ここの