薬で治るのならいくらでも
息子が鬱病だなんて信じたくない
つい先日、僕の将来を家族三人で話し合っていた時に言われた言葉。
母は僕が鬱病を患ってから様々な人に話を聞いたり、病院を探したり、精神病というものを理解しようと行動してくれているのだがやはり、根底には拒絶が潜んでいることが分かる。
昨年の六月、黙って初めて病院に訪れたあとに母に告白をした。やはり母は戸惑っていたように思う。
初めて自分の息子が鬱だと知った時、母は「病院の先生はそう言っているだけなんじゃない?」と言った。
鬱状態になってから病院に赴くまでの一年半もの間、僕は自分が "ただの気怠げな人間で何に対しても努力しない存在" だと苦しんできた。だが、あなたは鬱病ですと言われたその時、やっと自分の状態に名前が付いたのだと胸を撫でたのだ。
鬱病と言われれば「自分は鬱病なのだから」と全てを投げ出してしまう人もいるのかもしれないが、自分でも驚くことに安心したのだ。
僕は鬱病だと判断されたときに安心したの あの一年半否定していた自分が認められたような気がしたの なんでそんなこと言うの
母の中には精神病への偏見が少なからずあり、理解しようとはしているもののやはり認められないのだ。認めたくないのだ。ましてや二十年以上育ててきた息子が鬱病になってしまったのだ。
「どこで何を間違えたの」
母はこうも言っていた。
それでは僕が間違えた結果の存在みたいじゃないか
僕は思わずそう叫んでいた。
隣で聞いていた兄が、母のこれまでの行動は間違いではないと諭しつつ、母の言動が僕を否定しているように感じるという僕の主張を擁護してくれた。
たしかに母のこれまでの行動は間違いではない。大学受験で息子に期待してしまうのも、幸せに生きてほしいという思いも、きちんと就職して立派な大人になってほしい気持ちも。
しかし、精神が壊れていたあの頃の僕にとっては母のどんな言葉にも棘があるように感じ、自分の存在を全否定されていると受け取ってしまった。
症状が軽くなってきている今考えれば、必然的な心持ちだということを理解できるのだが、"母は精神病を拒絶している" という前提は既に僕の中で凝り固まってしまっている。
椅子にこびりついたガムみたいなものだ。
「薬で治るもんだとは思えない。早起きして散歩したり、そうやって生活習慣を変えたりしないと治んないよ」
正論だ。究極の正論なのだ。
しかしそんなことは知っていて、既に試した過去だってあるのだが、容易には続かず治る兆しもなかった。
薬がただの気休めだということも知っている。
しかし、"ただの気休め" だって支えとなり得るのだ。
何か頼るものがないと、もう立っていられなくなってしまいそうだった。
今は服薬を止めているが、再度の服薬は検討している。
こうして文字に起こさないと心の中で靄となり、いつか剥がせなくなる膜が張ってしまう。
そうなる前に吐き出しておかなければ、取り返しのつかないことになる。
部屋のカーテンが靡くことは滅多にない。そこは出窓で、幼い頃からずっと居るぬいぐるみたちの住処になっているために窓が開けられることがないのだ。
自室にいると睡魔に襲われる。単にベッドに寝転んでいることが原因でもあるのだが、木目調の家具や壁にかけられた好きな映画のポスター、過去に訪れたカフェや喫茶店のカード、アコースティックギター、近所のアメリカンショップで購入した酒や煙草が描かれたポスター、小説やウイスキーが並ぶ本棚が僕の心を鎮めてくれるのだろう。
恋人も同じことを言うのだが、僕は部屋の明かりを灯したくない。僕の部屋には間接照明が二つ壁付されており、ベッド側の片方のみスイッチをオンにする。淡い橙色の光が優しく部屋を包み込み、伴って心も穏やかになっていく。
どれほどの時が経ってもこの部屋から出たいとは微塵も思わず、休日なんかは最低限の生活以外はこの部屋に籠りっきりだ。
この部屋にいれば、幾分か僕の心は凪いでいる。時たま荒ぶることもあるのだが、靴を履いて外にいる時よりは頻度が少ない。
一人で車を運転している時なんて、「このまま死んでしまおうか」と思わないことの方が少ない。
雨の日なんて死にたがりが絶好調だ。
だが、そういう日に限って運転せざるを得なかったり、ドライブしたくなるのだ。致し方ない。
自室はゲームのセーブポイントみたいなもので、バイオハザードだってセーブポイントには敵は入ってこれないのだから、この部屋には邪悪なものは何も入れさせない。
いつか子供を授かり、その子の心が弱まった時、僕に何ができるだろうか。
僕自身わざとらしく肯定されることも嫌うタチの悪い人間なので、過度な肯定もせず、否定は微塵もせず、子の生き方を尊敬できる父親になりたいと思う。
母の愛は確かなものだが、僕には合わなかった。
自身の子へは、その子に合った愛を与えたいと思うこの頃である。
僕だって自分が鬱病だなんて信じたくない
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