キズキ七星

飽きられる前に散る桜は賢いね

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向日葵だった人

額にじわりと汗が滲む。薄い生地と言えども、腹の少し下をがっちりと掴まれたように纏っている浴衣は暑い。 彼女は殊更に暑そうだ。僕より一、二枚多く重ね着しているはず。落ち着いた緑を基調とした浴衣。帯の上から、さらにシースルーな赤いリボンを巻いている。 結んだ後ろ髪に、くるりと波打つ後れ毛。目元のラメが太陽の光を反射させて、キラキラと音を奏でているみたいだった。 三時間ほど余裕を持って家を出て、会場近くのチェーンの喫茶店に腰を下ろした。僕ら以外にも浴衣の袖を揺らしている人たちがち

    • 意志ではどうにもならないこと

      お別れしませんか。 スマホ越しの声。 僕の中にあの子への気持ちが残っていること。どこへ行っても、そのことがよぎってしまうこと。 それが苦しいのだと。 否定できなかった。認めてしまった。 忘れられていない事実に嘘をつけなかった。 好きだ。ちゃんと、好きだ。 僕を想ってくれていること。 喜ばせたいということ。 居酒屋で一緒にタバコを吸っている時間が好きだということ。 仕事終わりに一緒にアニメを観る時間が好きだということ。 一緒に食べるご飯が美味しいということ。 会いたいと

      • 恥の多い人生

        湿度の高い炎天下。垂れた前髪と皺の付いたTシャツ、紺色のジーンズ。どこへ行くにも何をするにも、気力が湧くことのない夏。限りなく真夏に近い夏。夜になっても冷めることのない熱。陽炎が揺らめく街の上。照り返す光に目を細め、風を受け、またその足を進める。 二十代も半ばになると、視野に入れなきゃならないことが多くなってくる。時代も時代と言えど、そんな悠長に構えていられる性格でもない。かと言って、焦っているわけでも。 光に手が届くのならば、掴んでいるのだろう。その手を開くことはなく、そ

        • 誰かが言った

          誰かが言った。 「好きです」と。 目を見ていた。手が触れていた。彼女のぬくもりと、涙の冷たさが身体の中で混ざっていく。真夏の夜。信じる眼。底知れぬ暗がり。不安定な未来と焦燥感。あの真夜中のふたりの影が、あの部屋には未だくっきりと残っている。 誰かが言った。 「ずっと付き合っていきたい」と。 酔い覚ましの珈琲一杯。間接照明で照らされた店内には喧騒が響く。テキーラ。ダーツ。ボードゲーム。その端の席でふたりは学生時代の淡い記憶を追悼した。美化。取り戻せないパステルカラーな

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        向日葵だった人

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        • 隣に咲いた向日葵
          17本
        • ぼくのうた
          5本
        • 鬱病日記
          8本

        記事

          人生で一番死にかけた話

          先日の深夜、大事故に遭った。 友人の車の助手席に僕は座っていた。 右折するため信号で停止し、何台かの車を見送り、発進した直後だった。 左を見たとき、不安定なハンドリングをする車のヘッドライトが目の前に映った。 「あっ」としか言えない一瞬すぎる一瞬。 恐怖を感じる隙もなかった。 おそらく、僕に直撃した。 ぶつかった瞬間の衝撃から数秒間の記憶がない。気がついたときには呼吸ができず、車は悲鳴をあげ、体は硬直し、意識が朦朧としていた。 運転席の友人も僕も、「ア……ァ……」と

          人生で一番死にかけた話

          人生の筆を持つのは自分しかいないからね

          なにがどう正解なのか、今歩んでいる道に立ってみても分からないことだらけだ。やってみなきゃ分からない、それはそうなのだけど、やってみても分からないことだってあって。手遅れかどうかではなく、やってみたら違った、だから次はこうしよう、こうなろう、って試行錯誤するのが今を生きる人生の作り方なのだと思う。 続かない人ってレッテルを貼られてしまうのもまた事実であり、仕事にせよ趣味にせよ、続けること=スゴイこと(或いは当たり前のこと)という考え方はやはりある。それはそう。何かを続けること

          人生の筆を持つのは自分しかいないからね

          諦めるか〜!やっぱ諦めるの辞めるか〜!

          何がしたいのか検討もつかないまま、ただ一日が繰り返されていく。 これが歩みたかった人生ではないこと、それだけはわかっているのだけど、じゃあどうしたいのかが分からない。 人生の最後、これがしたい!という職業はある。ただ、今の僕では就くことができないし、勉強のための費用も払えない。そのために頑張る、というだけなら今現在の職業は選ばないのだけれど、今も楽しく生きていたい。今の職業も選びたい。 誕生日に最終面接があり、その場で内定をいただいた。でも、応募した職種とは違う課での内定だ

          諦めるか〜!やっぱ諦めるの辞めるか〜!

          飽きられる前に散る桜

          未練か執着か ポケットに手を入れたら何かに触れた。目に見えないそれは、もう掴むことができないものだった。確かに触れられるけれど感じることができないそれを、捨てられないままポケットの奥に突っ込んだ。また取り出せるくらいの深さに。 それぞれの記憶の欠片 桜が舞い始めた。こんなにも冷ややかな気持ちで見る桜は久々だった。見上げても、頭に乗っても、掴んでも、綺麗だと言葉にすることさえ億劫に感じた。綺麗だと思えば思うほど、胸の奥は淀んでいくばかりで仕方がない。手が小刻みに震え、それ

          飽きられる前に散る桜

          壁際の花、ベランダから見た星座

          女の子に花の名前を教えられた男の子は、その名前を忘れられない。 カスミソウ、マーガレット。 教えてくれた花の名前はいくつか覚えている。 でも、いくつかは忘れてしまった。 忘れてしまったことが悲しいわけではなくて、覚えていられなかったことが悲しい。 そのうち、忘れてしまったことさえも忘れてしまうことが寂しい。 僕が贈った花々の名前は、なんだったか。 青色のマーガレットを一輪、贈った気がする。 あれは何年前だったか。二年前か、三年前か。 本当にマーガレットなのかさえ忘れてしま

          壁際の花、ベランダから見た星座

          どうか、走馬灯では手を握ってください

          硬いシーツの上で何かを探すように指を沿わせる。 狭間にいる。うまく息ができないまま、終わりゆく今夜をゆれる。 行きつく先が果たしてどこなのか。誰なのか。考えているようで働かない瞬きのような思考を巡らしては、濡れた胸元を想った。 同じ皺でも、あの柔らかなシーツと布団とは似ても似つかない。アイスコーヒーを頼んだ。 笑う顔を愛おしいと思えないのは、隣に居たくないわけではないにせよ、いるべきではないだろう。あなたはホットコーヒーを選んだ。 朝を迎えて虚しくなったのは久しいことだった。

          どうか、走馬灯では手を握ってください

          全ての季節が遺書だった

          二度の冬、春、秋、そして三度の夏を過ごした。 夏夜の陽炎の中、暗闇のベンチでもう覚えていない会話をした。 オレンジジュースとエクレアから始まった三年。 蝋燭の灯りがわずかに象る、華の影。 贈った一輪の花を蝋燭に傾け、火が移り、灰にもならなかった。 その横で僕は灰になりゆく葉を喫った。 死ぬように春を待つ雪だるまを作った、冬。 飽きられる前に散りゆく、春。 砂浜に落ちる影が寄り添った、夏。 ベランダにココアの香りが残った、秋。 巡る四季のどこにも居て、もうどこにも居ない。

          全ての季節が遺書だった

          あの日のように雨が降っていたら

          先は長いからね、まだまだこれからを生きてゆくのだから。 少し思い出したらあったかくなって、でも寂しくて、それでも頑張る理由になってしまう過去にできたらいい。 会いたいけど、顔が見たいけど、声が聞きたいけど、その肌に触れたいけど、そうしたらあなたの決意と幸せが崩れてしまうから。 あなたにとっては最悪な僕も、あなたの幸せを願う一人でいたい。 あなたが決めた道の上で、僕は振り返って戻ってきてほしいけれど、それは幸せになる未来ではないだろうから、諦めなければいけない。 恋人を失った

          あの日のように雨が降っていたら

          それでもあの香水はふらない

          何色とも呼び難い複雑に染められた布に、ぼくは包まれていた。 長い時間をかけて染色してきたその布は、あっけなくぼくから離れ、それは紛れもなく、ぼくが自ら脱ぎ捨てたからだった。 洗濯機から鈍い音が聞こえている。それは、あの部屋でも聞こえていた音に似ている。 何かが引っ掛かっているような、彼女の心の淀みが音となって響いていたんだろう。 ぼくを触れる手つきに、ぼくの名前を呼ぶ声に、今ならまだ間に合うよってサインがあったかもしれない。 味方、という表現がぴたりと当てはまるような存在

          それでもあの香水はふらない

          花屋を教えたかっただけ

          凍てつく手を、もう片方の手で包み込んだ。僕の左を歩いていた人の温かい手は、もう伸びてこないとわかっていた。 寒くなると孤独感がより一層増して、厚手のアウターに顔を埋める自分を俯瞰しては寂しくなる。 小さな雪が降った。ほんの少しの間だけ。雪が降ってるよ、と送ってはみたものの返事はなく、既読の文字を見つめた。指先が痛かった。 今年の初雪は孤独や未練を含んでいて、道路に落ちて溶けたあとも、それだけが残った。 体の内側がどうしようもなく寒かった。 *** 愛が知りたいんだと四

          花屋を教えたかっただけ

          泣けもしないのに失恋ソングを聴いた

          大丈夫な時と、大丈夫じゃない時。大丈夫だけど大丈夫じゃない日。頭ではわかってるんだけど、心がわかってくれないこと。 数当たれば成功するUFOキャッチャーと違って、人間の心は変わらないんだね。いや、変わっていくのかな。変わってるから、変わらない僕が置いてけぼりになって、寂しくて、淋しくて、泣けもしないのに失恋ソング聴いたりするからハンドル握る手が危なかしい。 もう僕の影は薄くなっているかなとか、よく一緒に行った店に普通に入れるのかなとか、ドライブの時に聴いてた曲はもう聴けるのか

          泣けもしないのに失恋ソングを聴いた

          春にならないで

          あなたをずっと見ていたのに ずっと見ていたはずだったのに 途中で道を外れてしまったから ああ、こんなにも僕は あなたの手が 温かかったのか冷たかったのか 何で思い出せないの 自分のだと勘違いしてしまうほど 重ねていたのに 最後の花束が どんな形でどんな色をしてたのか 何で思い出せないの ファインダー越しでもこの目でも 焼き付けていたのに あれが最後だとは 降り積もった雪の中で 影を踏んで離したくなくても もし見つけられたとしても 冷たすぎて届かないから 隠していた羽を今更

          春にならないで