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SS【祈り】#シロクマ文芸部
お題「銀河売り」
【祈り】(1100文字)
銀河売りが広場に着いたのは、町が雪で覆われた頃だった。
「よぉ、やっと来たな」
初雪の頃から店を開いていた珈琲屋が声をかける。
「ああ、仕込みに時間がかかったんだ」
「銀河は仕込みが命だもんな。今年もいい塩梅にできたかい?」
「まぁまぁだな」
この国では冬になると、夏の間は村で農業を営む人々が屋台を引いて町にやって来る。
扱うものは珈琲、焼き菓子、ジャム、ドライフラワー、パン、チリン、スープなどなど。
銀河売りもその一人だった。
銀河売りは珈琲屋の隣にいた焼き菓子屋にふと目を留めた。焼き菓子屋を営むのは珈琲屋の双子の弟だ。
その弟の腰に小さな巾着袋が付いていた。
「その巾着、どうしたんだ」
「もらったんだ」
弟は兄の珈琲屋と違って口数が少なかった。
「ちいさな女の子が焼き菓子のお礼に作ってくれたんだよ」
兄の珈琲屋が代わりに説明する。
「へぇ」
銀河売りもあまり余計なことはしゃべらない。
焼き菓子屋の腰にぴったりとしあわせそうに納まっている巾着にもう一度目をやった銀河売りは、懐かしさと同時に胸苦しさを感じて、ふぅと息を吐いた。
銀河売りはその日、自分のためにラララ屋でドライフラワーを買った。
歌うおかみさんのいるラララ屋のドライフラワーは、枕元に置いて眠るといい夢が見られる。おかみさんが選んでくれたのは黄色い花だった。
おかみさんは笑いながら歌うように言った。
「あなたには、これがいいわね~」
その夜、銀河売りは夢を見た。
・・・
「ユーリ、これをお守りに」
妻子を残して戦地に赴く親友にちいさな巾着袋を手渡す。彼にできることはそれくらいだった。
「ありがとう。すごくきれいだな、これ」
「今年いちばんの銀河さ」
ちいさな巾着袋は内側から微かに光っている。それは銀河売りが心を込めて仕込んだ最高の銀河だった。
「これなら、しっかり守ってくれそうだ」
「うん」
腰に付けた巾着袋をポンポンと叩いて、親友が彼を見て笑う。その顔はきらきらと輝いている。眩しくて目を細めてしまうくらいに。
銀河売りはそれを見て安心する。
ユーリはきっと帰ってくる…。
・・・
銀河売りは夜明け前に目を覚まし、外に出た。
空にはまだ星が残っている。彼は毎日星を見送るのを習慣にしていた。
家族を見送るみたいに。
星を眺めながら昨夜の夢を思い返していた。
ユーリはきっと帰ってくるはずだ…。現実にはまだ帰ってきていないけれど。亡くなったという知らせもないのだから。
銀河売りは、あの守り袋を渡す時にひとつの誓いを立てていた。
…ユーリが無事に帰ってきたら、僕は銀河売りをやめて空に還ろう。
星空は彼の故郷だ。
銀河売りは朝の光に消えかかった星に手を伸ばし、やさしくなでた。
もうすぐ還るからね、と。
おわり
(2023/6/17 作)
小牧幸助さんの『シロクマ文芸部』イベントに参加させていただきました。
・・・実は只今推敲中の短編(2万字ちょぃ)のスピンオフ作品です。
銀河売りは登場しませんが(;・∀・)
本編は近々公開…できるかなー(検討中)
※6/21に【ソフィの夢】という短編を、前後編で公開しました。
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