ぽろぽろ
2025年定期診察はじめ。(持病がいくつかあるからしばらく続くよ〜)
総合病院も、個人クリニックも予約制であろうとなかろうと、とにかく通院は待ち時間が長い。
わたしは、常に文庫本2冊と、軽く読める小さめサイズの雑誌まで持参している、あいかわらず荷物が減らせない女。
今日は検査で2箇所くらい病院内を移動しないといけなかった。あまりキョロキョロしたり、他の人の動向を伺うのがはばかられるのが「病院」ってところだなぁという気が毎回するのだけれど、やっぱり、それでも、いろいろ思わずにはいられなかったりするのもまた病院かなとも思う。
少し前までは同じフロアにある小児科で、ちいさい子をあやす不安げな親御さんにちょっとだけ昔の自分を重ねたりしていた。
でもこの頃、どうしても目が追いかけてしまうのは、もっともっと人生の先輩たちの姿。
荷物を置く、椅子に腰掛ける。ひとつひとつの動作がとても大変そうに見えるのに、となりに座っている先客の方たちに「すいませんなあ〜」「今朝はえらい寒うて大変でしたなあ〜」と、マスクしていてもわかるニコニコした朗らかな様子で、あいさつを交わされているのだ。
緊張でガチガチだったり、「いつまで通ったって治らへんのにな、、」と、暗く沈みそうなことばかり思っている自分が、情けなくなる。
わたしが放つ不安や、とんでもなく自信なさげなオーラが強烈すぎたのか、となりに座っていた、おしゃれな先輩マダムが「検査待ち?何番?」「終わったら、何食べるか考えるのが楽しみね」と、話しかけてくれた。
世間話はきらいじゃない。むしろ好き。そしてその時のわたしの気分をほぐしてほしいベストタイミングでの助け舟だった。
フロアのいちばん端っこにあるその場所で、ひそひそ話。わたしは、病院のそばに数多くあるパン屋さんの中でも、いちばんお気に入りのお店をマダムにおすすめした。
「ありがとう。うれしいわ。行ってみるわね」と、
うれしそうに答えてくれた。「私、娘を頼ってこちらに越してきたから、全然まわりのことを知らないの」「病院くらいしか外にも出ないしね」とのことだった。
そのくらいの年齢になって長く暮らされてきたであろう土地を離れる決心や勇気はどれほどだろう?と、思った。わたしは、今は生まれ育った場所にたまたま落ち着けているけれど、もっと若い頃は夫の仕事の都合で、全く違った土地に住んだこともある。これからも、そうなる可能性はゼロではない。
いつでも、いくつでも、どんな場所でも、ひとに対して、微笑みかけたり、ちょっとしたおしゃべりができる気持ちのゆとり。いや、強さ。を、
持てる人間になれる自信が今のわたしにはぜんぜんない。
帰り道。信号待ちで、なみだがこぼれてきた。
説明のつかない。なみだだった。