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土用の丑

地ごくから帰ってきた優ですが、またあちらへいかれたご様子。これが並行世界ですか?



 しょうづかのおばあのもとへ来ました。

「はい、六文」
「交通系ICで」
「そこにたっちや」
「はい、ここにタッチ」

「乗りなさい」
 黒の着物姿の童女。人形のような容姿、そして表情。
「他にも女子はおんの?」
「いるよ。でも乗るのは一人。「多くして舟、山に登る」よ」
「空を飛ぶ船のおはなしは朗んだことあるけど、山には登らんなぁ」
「そう。指示する人が多いと事は見当外れな方向へすすんでいくのね」
「検討しときます」

「えっ?」
 振り返ると、ぷるぷるふるえてはる。

「着いたら「冥土きっ茶」に寄ろうかな?」
 ぷるぷる・・・

「映画を観た方がえいが?」
 ぷるぷるぷる・・・

 月尊優と申します。
 わたしの名前も十分おめでたいですが、せがれにめでたく、健康に長生き出来る名前をつけようといろいろとうかがって参って、そこから一つを選べず、全部くっつけてみました。

 じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ
 かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ(以下略)

 後ろ向きにうずくまっている舟頭。

「着いたわ。そこへタッチして」
 電子音が鳴り、六文が引き落とされる。
「次があるから。私はここで」

 商店街のぱちんこ屋にチラシがはったぁった。他人の空似かな?

 左へ折れて、真っ直ぐ冥土筋を歩いて参ります。
 寿限無やないけど、銀行の名前も長なりましたなぁ。
 そして、前にそびえるえんま閣。
 
 亡者の列へついて行きます。

「お前はそっちやない、こっち!」
「皆、あっち行ってますやん?」
「新幹線が止まっててな。代わりに飛行機で江戸へ行くそうや。で、南海やのうて、何回来るんやお前は?」
「地獄道、人間道を経て3回目ですか?」
「ほうか、お前は前世へ送る。思い出すべきことがある筈や」

「今日はまっこと暑いねえ」
「はっ」
「こんなこんまい子までひきよるがやね?」
「ええ。もうすぐ祭りです。朝早うでて、ばんも遅なるとか」
「そがなんか。おまんがところにもあるがぁ?」
「ええ。こちらでは天神祭が一番大きいでしょうか。閣下が中央へ復帰されたあととなるのが残念ですが」
「ひだりいけ、飯しようや」
「今日は土用丑の日です。まむしはどうでしょうか?」
「はめか?」
「確かに細長いですが、うなぎであります」

 座しきに上がります。

「まむしふたつ」
「まっちょりや、特上にしようや」

「見たところ、普通が丼ねあ」
 わたしは閣下がはしをつけてから食べ始めます。
「ご覧ください、中にもございます」
「こじゃんと。うなぎといえば重鎮の清浦閣下か」
「饅香内閣ですね? 香りがしていても肝心のうなぎがこなかったとか」

 明日は帰られる日。夕刻から酒宴でした。

「「黒松白鹿」。西宮市の「辰馬本家酒造」か。西宮はおまんが好きな大阪タイガースか」
「社会事業、教育事業に熱心で、天皇陛下より激励を授かった素晴らしき酒造さんにございます」

 閣下はかなりの酒ごうだとうかがっております。弱いかたからつぶれていきました。

「閣下、お休みになられましたか」
「起きてる。おまんも強いな」
「はっ、おぼれることはございません」
「いまから遊びにいくか?」
「汽車の時間がございます」

「戦そうはしょうまっこといかん」

「これまで通り下の者をいたわり。日本が未来は若い者が背負う。まずは今が子どもを笑顔にし」

 わたしは終戦前日に死に、閣下は次の年に刑死しました。

 天皇陛下はその後平和に過ごされ、昭和六十年七月に側近らと鰻重を召しあがられた。
 初子の日で土用の前。十干は壬であった。

「お前は、帰ったらまずなにを食べたい? 楽しみにしておれ」

 生き返るなり、出前が届いた。お重。
「お代お願いします」

 いままでで一番の重ばつにございます。

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落語「寿限無」より引用

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