本選びにすべてを捧げる男がおすすめするノンフィクション本たち
おもしろい本、読みたくありませんか?
僕は書評家でも書店員でもありませんが、あなたにおもしろい本を紹介する自信だけはあります。
なぜなら、朝起きてから寝るまで、仕事の合間を縫って時間が許す限りおもしろい本を探すことに全精力を注いているからです。
朝起きてからパッとアマゾンを開き、読みたい本に登録していた本をタップ。出てきた関連本を辿って気になる本をひたすらに探します。それに加えてTwitterや本の話などの読書メディア、読書メーターもチェックします。
もちろんは休日は本屋さんの棚でおもしろい本を探します。
そしておもしろい本に出会えたときの喜びたるや。このために本を読み続けてきたんだと思わせてくれる本がときどきくるのでやめられません。
そこで、そんな風にして最近出会ったノンフィクション(ノンフィクションに最近ハマっているため)のうち、厳選して、自信をもって、だめなら俺を殴ってくれて構わないという覚悟をもとにご紹介します。
1 梯久美子『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道
一作目は、梯久美子さんの「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道」です。
大日本帝国下、昭和の立派な軍人と聞けば、勇猛果敢、家庭でも厳格で厳しく、家のことは妻に任せて、戦争に命をかけるイメージが想起されます。
しかし、本書で出会った栗林忠道さんはそんな人間とは違っていました。
彼が硫黄島から妻や子供たちに向けた手紙の中の一文にそれは表れています。
これを読んだとき、いろんな意味で驚きました。
まず、なんて家庭的なんだろうかという驚き。たしかに夫が家の修理をすることはほかの家でもあったでしょうが、戦場からの遺書ともいえる手紙に書かれる内容としては不釣り合いに感じます。
それだけ彼が仕事だけに取り組むのではなく、家の隅々まで目を凝らし、妻や子供たちが快適に暮らしていけるよう心配りをしてきたことが伝わってきます。
いろいろな愛の形があると思いますが、相手が幸せに生きていけることを願うことが愛だとしたしたら、これ以上大きい愛はそうそうないのではないでしょうか。
また、別の面の驚きとしては、これが硫黄島で書かれたものであり、アメリカとの決死の戦いに向けた準備の中で書かれたものであるということです。
自分であったら、目の前のことで精一杯になり、家族に手紙を書いたとしても、こんなに相手のことを思いやった言葉をかけられるだろうか。
自分の愛の気持ちや、伝えたいことを一方的に書き綴ったとしても、相手を思いやる余裕はないのではないか。そう思います。
そんな彼はこれ以外に40通もの手紙を家族に送ります。そこから見えてくる人間的魅力、逆境に陥っても誰かを思いやる真のやさしさに満ちていて、自然とこんな風になりたいと思われてくれます。
魅力的な人に会いたい方はぜひ手にとってみてください。
2 梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』
散るぞ悲しきで梯久美子さんの魅力にはまり、続いて「原民喜」を読みました。
原民喜は広島での被爆体験を基にした小説「夏の花」が有名な文学者。端正なルックスでとにかく繊細、小さなときから人とうまく関わることができずにか弱い。あまりにか弱いので、初めてのおつかい番組をみるような、ドキドキがありました。事故に合わないで、どうか幸せでいてと。
しかし、現実は残酷で、愛すべき家族や妻との死別、広島での被ばくなど、あまりに過酷な困難に直面します。
でもだからこそ、人うまく関われないない彼が文学を通じて仲間を得たり、幸運にも明るくて気立てのよい妻との愛すべき日々といった限られた幸せな時間がキラキラとしていて、心が洗われました。
好きな作家の遠藤周作先生の若かりし頃と原民喜がクロスオーバーするところは、読書好きとしては胸熱ポイントでした。
3 三浦綾子『道ありき<青春篇>』
本書は三浦綾子さんの自伝小説です。実はこれも梯久美子さんつながりで知りました。梯さんの「愛の顚末 恋と死と文学と」では、様々な文学者たちの愛や恋模様が描かれているのですが、その中で三浦綾子さんと前川正さん、三浦光世さんの愛の形があまりにインパクトが大きくて、原典に触れない手はないなと読み始めた次第です。
とくに三浦綾子さんと同じく結核を患う病人仲間であり、三浦綾子さんがキリスト教に入信するきっかけにもなった前川さんからはこれが愛なんだと教えられました。
三浦綾子さんと言えば塩狩峠ですが、正直数年前に読んだときはピンと来なかった。
あまりに主人公の男性が人格者でこんな風にはなれないし、自己犠牲的で嫌だなと正直反発を覚えました。人間そんなきれいなものではないだろうと。
しかし、前川正さんを見ていると、実際にすごい人はいるものだなと考えを改めざるを得ない思いです。それがノンフィクション、事実の重みなのでしょう。
また、本書を読んで興味深かったのは、三浦綾子さんのキャラクターでした。キリスト教のイメージが強く、控えめでおしとやか、正義感が強い人と思いこんでいましたが、若い頃はちょっとひねくれた面倒くさい文学少女とい感じで新鮮でした。一言で言い合せない複雑な人間的魅力の賜物なのか、病気療養にも関わらず人がたくさん集まってくる。奇想天外な人生で、氷点などの小説同様に一気読み必須のリーダビリティはさすが三浦綾子さんと言わざるを得ません。
彼女の小説が好きな人、人生に迷う人は絶対おすすめ。困難に陥っても、こんな風に生きることができるのかと元気がでるんじゃないか。
4 青木理『トラオ 徳田虎雄 不随の病院王』
病気の中で一番過酷なものの一つはALSなんじゃないか。
上出遼平さんの「ありえない仕事術 正しい“正義”の使い方」を読んでそう思いました。
筋肉がどんどんと機能しなくなっていき、最後は目を開けることすらできず、生きたまま暗闇の世界に閉じ込められる。しかし意識、思考は明瞭なままで、人とコミュニケーションをとることもできずに、膨大な時間を死ぬまで生きる。ひたすら一人で。
こんな絶望の中で、徳田虎雄はこう言い放った。
たとえ強がりでもこんな言葉、自分なら絶対にいえない。
徳田虎雄さんの場合、強がりでもない。100%本気です。
事実、日本最大規模の巨大病院グループ徳州会の会長として、彼は今でも特別室からグループを率いています。
人工呼吸器をつけ、体を自由に動かすどころか言葉を発することもできない。
コミュニケーションの手段は文字盤を目線で指し示し、それを相手が読み取るしかない。
それでも、日本、海外の徳洲会病院の会議室の様子やデータを逐一ディスプレイで確認し、細かな指示を出していく。グループとしての重要な決め事は彼の承認がないと進まない。
こんなことができるのかと思った。人間は。
ノンフィクションを読むことの価値の一つは、自分の中での人間の限界を拡張することだと思います。
オリンピックとかでも、長年破られていなかった記録が誰かによって達成されると、そこからはトントンと他の選手も記録を達成したりすることがある。人間は不可能かもしれないと思っていると100%の力ができないけど、誰かが達成して可能なことがわかると本来の力を発揮することがある。
それと同じ効果がノンフィクションでも得られるんじゃないか。
人間は弱い存在である一方、徳田虎雄のように信じられないほどの忍耐力、逆境での生き方を発揮することもある。それを事実として知ることの価値は計り知れない。
自分が限界は思い込みなんじゃないかと疑わせてくれる。世界は広い。知らないことばかりだ。それをノンフィクションは教えてくれます。
5 石井妙子『魂を撮ろう ユージン・スミスとアイリーンの水俣』
ノンフィクションの命は切り口だと感じました。
正直、本書がシンプルな水俣病のルポであったら手にとっていたか。おそらく手にとっていないと思います。
まず世界的な写真家のユージンスミスに興味を持ちました。表紙はカメラのファインダーを覗き込む50,60歳くらいの外国人男性、しかも傍らには若い女性。
ユージンスミスってどんな人なんだろう。二人はどんな関係なのか。そして、水俣病って実際どんなものだったのか。
そんな風に関心が広がって、手に取ったこの作品。絶対に読むべきものにちゃんと出会えた喜びを感じます。
ユージンスミスをきっかけに読み始めたけれど、水俣病の症状の苛烈さに衝撃を受けました。最近は昔よりは酸いも甘いも多少は知って、若いころみたいにショックを受けなかったけど、この病気の苦しみのあまりの大きさに読み進めるのがしんどいところもありました。
そして、そんな苛烈な病気を引き起こして、見殺しにしてしまえる人間に憤りを感じざるを得ません。
同時にこれが人間なのだとも思いました。
ハンナ・アーレントさんがナチスのアイヒマンを「平凡な小役人、つまり〈思考停止の〉人間だ、と断じた(福島民報:悪の凡庸さ(5月1日))」のを想起しました。
水俣病に苦しむ人達の訴えを聞いても黙殺し、被害をみすみす拡大したチッソの工場長、経営陣、その背後の通産省、国、被害者のことを差別し、むしろせめる市民たち。
今この立場でみたらなんてひどい人間たちなのかと断罪できてしまうけれど、実際に自分が当時その状況にいたら、人間として正しい行動がとれただろうか。
正直、自信はない。自信はないからこそ、人間はここまで悪になれるという自戒をもちつつ、ユージンスミスの言葉を胸に刻まなければならない。
とはいえ、ユージンスミスさんが聖人君子でないところが人間の味わいです。
むしろ、自分の目的達成のためなら他の人の犠牲を厭わないで巻き込んでいく。巻き込まれた人は良くも悪くも人生が変わってしまう。
それでも彼の弱さ、純粋さ、真っ直ぐさ、芸術家としての才能、信念、こだわりに周りの人が惹きつけられていく。その一人が妻のアイリーン。
二人は運命づけられるかのように水俣に向かい、やがて病気を象徴するような写真を撮る大仕事をやってのける。
同時に、水俣病の患者代表の川本さんとチッソの嶋田さんの交渉が描かれていき、辛いけれどこれがどのようになるのか知りたくてたまらなくなる。
最後に数え切れないほどの膨大な参考資料を見て、石井妙子さんの仕事の偉大さを感じました。
この切り口でなければ、もしかしたら水俣病のことを知らずに死んでいたかもしれない。これだけの膨大な資料やインタビューをわかりやすく、興味深くまとめてくれたから自分は水俣病を知ることができました。
知らない世界の現実を知り、自分が住んでいる世界の解像度を少しでもあげる。それが偉大なノンフィクションの持つ力なのだと考えます。
少しでも興味を持ったら
以上、少しでも興味が湧いたらぜひ手にとってみてください。
100%興味深く、世界の見え方が変わってくることを保証します。