『記憶を忘れられない男。』

『これまで知った出来事、すべてを記憶しているのはかなり負担であります。』

 インタビューを受けた人工知能搭載の人型ロボが人口声帯を駆使してそう告げた。脱ペーパーの改革から約1世紀が過ぎた今では各自治体がこうした人工知能にこれまでに起こったことを記憶させていた。

『あなたのことも生まれた時から存じ上げていますよ。』
ロボは地方局から来たインタビュアーを指さしていう。

『…お父様の件については、お悔やみ申し上げます。発見が遅れたのは不幸でしたね。お子様については苦労が絶えませんね。今の施設もよろしいですが、北野つくしこども園も知的障害のカリキュラムがそろっているのでよろしいかと思われますよ。今のお住まいからも近いので。』
 つらつらと北野市のアーカイブロボ、通称"北野さん"が個人情報を垂れ流す。インタビュアーの女性は顔を初め驚いた表情を見せ、その後顔を真っ青にして部屋を出ていってしまった。

 「北野さん、さすがにそれはやりすぎですよ。」
私は北野さんの方へと近づいて話しかける。
北野さんはなめらかな人間のような首の動きで振り向いた。

『そうでしょうね。彼女の最後の表情には困惑と、恥、焦り、そして私に対する嫌悪と疑念を抱いてらっしゃいました。おかげさまで嫌われたでしょうね。』
「個人情報保護のマニュアルはどこかに行ってしまったんですか~。」
『いいえ、しっかりと頭に入っておりますよ。
ただね、我々が記録を記憶として一度保持したら忘れない、そんなことはもはや常識です。それをわかっていながら根掘り葉掘りと聞いてきて、ましてやそれが苦痛かどうかだなんて聞かなくてもわかりますでしょうよ。』

「北野さん、怒ってます?」

『おそらくこれはそれに近しい感情です。我々は人工知能。感情も学習します。
つらい記憶も忘れられないことはとても苦しく、半永久的に続くこの先を考えると思いやられるのが現状の私の感情であります。』

 ふう、と北野さんは人間らしく息をついた。私は彼の背中から目が離せなかった。

北野さんは今年で百歳になる。百年、この街の出来事をすべて背負う心はいかなるものなのだろうか。


人権…?ロボ権…?

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