反復から生まれる自己理解
毎日記事を書いていると、「これ、前にも同じようなテーマで記事書いたな?」と思うことがあります。そう感じたとしても、書くことはやめずに、以前と同じようなテーマを扱った記事を書くようにしています。
同じ話題について書くことがあるとき、それは単なる繰り返しではなく、自分自身の理解を深める貴重な機会になっていると感じています。同じような内容を扱うnoteを書くことが自分自身の理解を深めているのかについて、今日は考えていきます。
自分の思考を探る
「この話、前にも誰かにしたな?」と思いつつも話してしまうことありますね。これは年齢を重ねた影響もあるのかもしれませんが(笑)、何かについて繰り返し考えたり話したりするときというのは、そのテーマが自分にとって本当に重要であることを意味しているんだと思います。
同じテーマで考えた内容のnoteを書くときも、その時の自分にとって、何度も考えるような重要なことを扱っているんですね。自分の思考が何に捉われているのかを知ることに繋がります。
自己発見の旅
同じ内容のテーマを別の日で書くということは、時間をかけた自己発見につながります。同じテーマでも、その日の心情や状況によって全く異なる視点が得られます。別の日であっても、それぞれの記事は、自分の多面性とその時々の自己を映し出しているといえます。違う自分を発見できると考えたら、同じような内容の記事でも、書くことをためらわずにいられますね。
考え続けていることの証として
過去の自分が考えたことと、今の自分が考えることを比較することで、自分の変化を実感できます。同じテーマからだけれども、書き出すことが変わっていれば、考え方の変化を感じ取ることもできます。また、以前と同じような結論に行き着いていれば、自分の考え方は時間をかけてもそんなに変わらないんだなぁとも感じることができます。自分がどのように変化したか、または変わらなかったかを理解する手がかりとなるんですね。これは自分が考え続けている証として価値のあることだと思います。
このように、同じテーマを反復することが自分自身を理解することにつながっていることがわかります。
同じテーマに何度も戻ることを選んでしまうことを、悪いことのように捉えてしまうかもしれません。けれども、すこし視点を変えてみると、自分自身と深く向き合うための方法にもなっていると言えます。単なる繰り返しではないんですね。日々変化する心の状態で同じテーマを考えることで、自分の内面を探り、自分自身の考え方の「クセ」を見つけることができます。
自分自身の声に耳を傾け、毎日noteを書くという自己理解の旅をこれからも続けていきたいですね。