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電話の向こうの女性サイボーグは、手術の痛みを感じるか?

「〇〇さん、ぼく、今度手術するんです」

すっかり忘れていたが、私の仕事は生命保険外交員だ。仕事の特性上、誰かのプライベートにまつわる相談、報告がよくくる。病気のこと、家族の問題、ローン、お金周りのお話である。


今回の場合は「手術」の報告だった。

彼は20代中盤の男性のお客さん。色白で黒髪のほっそりとした男性。「真面目」を絵に描いたような男性で、もはや「真面目」が服を着て歩いてるんじゃないかのレベルの真面目さ。

数年前に保険のお話をし「これって契約すると、〇〇さんがぼくの担当者になるってことですよね。うれしいなぁ」と保険外交員冥利に尽きることを言われて保険契約を結んだ。


その彼から連絡が来た。

手術だ。

病気? それともケガ?

なんの手術だろう?

命に別状は?

聞いてみたら、こう言われた。



「下半身の手術です」



うん、下半身ね。

ちょっと細かくは書かないが、まぁ、下半身の手術らしい。生命に関わるものではないようだ。よかった。

が、下半身である。細かくは絶対に書かないが、下半身の手術は痛そうだ。

「手術はいつの予定ですか?」

「再来週です」

再来週…。

「なので、今回の手術について、以前加入した医療保険からお金が降りるのか知りたく」

「確認しますね」


私は生命保険外交員なので、一般の方々よりは病気に詳しいし、実際に闘病する方々を見てきた。しかし、全ての病気、怪我について精通しているわけではない。ましてや下半身である。


加えてそのような質問がお客様から来た時に「安心してください。お金もらえますよ」とその場で安易に言ってもならない。社会人の共通の認識かと思うが「言った言わない問題」が1番不毛である。



お客さんの手術が医療保険の給付対象になるかは、会社の「保険金部」に確認する必要がある。保険金部が全てを把握しているのである。私がお客さんの代わりに確認し、その結果をお客さんに伝えてさしあげるのだ。

というわけで、お客さんの彼に、手術名を聞いてみた。「どんな手術を受けるんですか?」である。細かくは絶対に書かないが、やはり何度聞いても下半身の手術らしい。下半身…、痛そうだ。

しかも、2種類の手術を受けるらしい。

ひとつは「切る」手術、

もうひとつは「焼く」手術。

切って、焼く。

こわ。自分の体でやられたくはない。切って、焼くのだ。どこを? 下半身を。絶対に痛いじゃないか。


細かな手術名を聞いてすぐ、会社の保険金部に電話を入れた。保険会社は巨大である。同じ会社とはいえ、電話の向こうの人には会ったこともない。私は札幌在住だが、電話の向こうの人は東京だ。


(プルルルルルルルルルルル)
(ガチャ)

「私、札幌の〇〇です。お客様の手術について、給付対象になるか否かを確認させていただきたくご連絡しました」

「手術ですね。それではお客様のお名前と〜」

保険金部に電話はよくするが、いつも違う人が電話に出る。今回は女性だった。声のトーンから、やや年配だという印象を受けた。

保険金部の応対者の多くは女性のようだが、男性も電話に出たりする。相手側の受け答えのトーンはいつも決まっていて、なぜかみんな冷たい。「え、俺のことサイボーグだと思ってる?」と思わせるほどの冷たさである。同じ会社にいるのに。

だから正直、私の、保険金部に対しての印象はよろしくない。電話の向こうの人たちはみんなサイボーグだから。血が通っていないんじゃないかと思わせるほど冷たいから。


電話の向こうの女性が、私に言う。


「それでは、今回お客さまがおこなう手術はどのような手術ですか?」


私はポップに言った。

「下半身の手術なんですが、
 2種類の手術をされるとのことです」

「下半身で、2種類の手術ですね」

冷たい。

下半身だぞ? 

何か反応してくれてもいいじゃないか。


私は続けて、手術名を伝える。

まずは「切る」方の手術名を。

「ひとつめの手術は、〇〇術です」

「〇〇術、それは漢字で書くと?」

「〇〇の〇に、〇〇の〇で、〇〇術です」

「はい、〇〇術、切る手術ですね」

「はい」

「…」

「どうでしょう?
 給付対象になりますかね?」

「…」

電話の向こうの女性は言った。



「…痛そうですねぇ〜」


「えっ!」

初めての反応だった。電話の向こうの人は、精一杯の哀れみをもって、想像力をフルに働かせてくれている。なんなら声色は笑っているぞ。サイボーグではない! 血の通った人間なんだ! なんか言いすぎた! ゴメン!


「そ、そうなんです、痛そうですよね」

「それはもう、痛いですよ〜。
 あ〜痛い、痛い」

「しかも、もうひとつ手術しますからね」

「ふたつめの手術名はなんですか?」

そう聞かれたので、私は伝えた。
ふたつめの手術は「焼く」手術である。

「漢字で、〇〇の〇に、〇〇の〇で、〇〇術です」

私がそう言うと、電話の向こうの女性はまた少しテンションが上がって、

「それはつまり?
 や、焼くってことでしょうか?」

「そうです、焼きます」

「…」

「…うわあ、痛そ〜」


「笑」

「焼くんですもんねぇ、えーと、
 それではお調べしますね」



結論、お金は出るらしい。


よかった。早速お客さんへ連絡した。


「どちらも手術給付金のお支払対象です。安心して手術を受けてらっしゃってください」


「そうですか! ありがとうございます!」


彼が手術日の直前、彼に会ってきた。部位が部位なので、誰にも相談できないとのことで「話し相手になりますよ」と言ったら「いいんですか!」と。

どんな状態か、そのいきさつ、真面目な彼は丁寧にお話ししてくれたから、私も真面目にお話を聞いた。で、気になっていたことを質問した。


「下半身ですもんね。少し突っ込んだ質問をしますが、嫌なら答えなくても大丈夫ですからね」

「なんですか?」

「原因は? 思い当たるフシはあるんですか?」

真面目な彼は言った。

「それが、皆目見当もつかなくて」


原因不明ということもありうることだからなぁ、と2人で頭を抱えた後、保険金部の女性が「痛そうですね」と言ってたよと伝えたら、真面目な彼は「えぇ下半身ですから。想像を絶します」と言っていた。


帰り際「何事もないことを祈ります」と言って、私は笑って彼を送り出した。


もちろん、彼も笑ってた。


〈追記 2022.12.3〉
この記事の話をお客様本人にお話ししたところ、爆笑してました。手術は成功に終わりました。


〈あとがき〉
みなさんに、医療保険に入ってください、とは言いませんが、とにかく健康でいてください。身体の健康と心の健康は、相互にからみ合いますから、まさに必要十分条件である気がしています。保険金部の女性が「痛そうですね」と言った時は、電話口でお互いに吹き出しました。そういうことって、たまにありますよね。今日もありがとうございました。

【関連】私と保険の仕事についてはコチラ



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