モブが学校祭のステージで世界を獲りにいく話。
高校の入学式の日に出会ったユウヘイ(仮名)とは、やけに馬があった。1年生のときのクラスは同じ、最初の席もとなり、下駄箱もとなり、部活もサッカー部で同じ。
[0]その男、ユウヘイ
彼はよく机の上に歌詞を書いていて「それ、なに書いてんの?」と私が聞くと「あぁ、ロビンソンだよ」と言った。
「ロビンソンってなに?」
「スピッツのロビンソン」
「わからんな、歌ってみて」
「(ゴホン)……だ〜れもさわ〜れな〜い〜♫」
「あー、それロビンソンなんだ」
「いい歌だよな」
スピッツのあのメロディを『ロビンソン』と呼ぶらしい、と知ったのはこのときだった。
ユウヘイはそれから読書が好きで、いつも小説を読んでいる。ときに漫画になることもあるが、基本的には小説。彼はロマンが好きな男だった。
この高校生活にはなにか青春めいた瞬間を期待しているような。青春を胸いっぱいに吸い込みたがっているような。彼はそういう男だったから、私は彼のことが好きだったし、彼も私に同質のものを感じてくれていた。
過去に書いたこのエッセイに登場する男だ。
ユウヘイは札幌で育ち、高校のすぐ近くに住んでいた。一方の私は、札幌のとなり町の田んぼで育ち、片道1時間半かけて通学していた。
育った場所は違うものの、同じ雲を見て同じものを想像するような人間同士が、高校1年生の教室で交わったわけである。出会いとはすべてこういうものだろう。
つまりは、めちゃ仲良しな友だちだ。
今日は高校1年生のときの思い出を書きたい。
[1]全校生徒が熱狂する学校祭
私が通っていた札幌市立札幌新川高等学校では当然、学校祭がある。各クラスが出店をやったり、出店をやったり、出店をやったり。夜空には花火がぶち上がって、ここで恋人を作る人が出てきたり。
私もユウヘイも当時、クソイモの陰キャであったわけだから、この花火までに恋人ができるはずもなければ、出店でリーダーシップを発揮するでもない。
とにかくこの学校祭を「楽しいなぁ」と言って笑うモブ1号、モブ2号である。
[2]メインイベントのクラスステージ
もうひとつ、我が母校の学校祭のメインイベントとして「クラスステージ」というものがあった。要するにクラス対抗のダンスバトルである。各クラス持ち時間はおよそ5分。
このクラスステージ、1曲まるまるをクラス全員で踊るのではなく、5分を5つに分けて、リミックスのような構成で踊る。
どういうことかというと、
こんな具合だ。なんとなく想像できるだろうか。楽曲もダンスも特に決まりはない。はっきり言ってなんでもあり。
ちなみに「イケてる曲を踊る男子チーム」は1軍、「セクシーな曲を踊る女子チーム」が1軍だ。その他はモブである。
オープニングなんて、ただの陰キャの特攻隊だ。当時の私とユウヘイは? さっき書いたろ? もちろんモブ。担当はオープニングである。
このクラスステージ、
全校生徒が集まる体育館でおこなわれる。
披露する場所はもちろんステージ上なのだが、特筆すべきは我が母校、ステージから10メートルほど伸びる花道が用意されているのだ。
ちょうど歌舞伎の花道に似ている。
花道の周りにはたくさんの生徒があふれており、以下の写真のようなイメージである。
上記の写真では、花道には横並びに1人しか立てないが、我が母校の花道は少なくとも2人が立って踊れるスペースがあった。各クラスは、この花道をいかにして上手に使うかが試される。評価の分かれ道なのだ。
いま「評価」と書いた。
もちろんこれはコンテスト制だ。学年8クラスのうち特に優れた2クラスが、学校祭の最後にもう1度踊ることが許される。
みんながこれを目指すからこそ「ちょっと男子!」とか「ちっ、あいつ、うっせーぞ」という男子女子のケンカはなかった。
ケンカはないのだ。みんなが一致団結して挑むものだから。最近のものでいえば、箱根駅伝のような。冷めてるヤツがだれもいないみたいな。そういうものだった。
……
[3]モブ4人衆の会議
「さ〜て、俺たちは1番手として踊るわけだけど、どうしますかね」
「曲が"NIGHT OF FIRE"だからなぁ。ノリはいいけど」
「パラパラ踊る感じにする? パラパラだろ? これ?」
「まさか俺たち4人にオープニングをぶん投げるとはなぁ」
私とユウヘイ、そして竹本(仮名)、佐藤(仮名)のモブ男4人衆は悩んでいた。まずダンスを踊ったことがない。
しかし全員が同じ目標を掲げるこの激アツレースの先鋒を任されているのだ。議論は白熱する。
「ここはオーソドックスにパラパラだと思う」
「パラパラだな」
「とにかくパラパラ」
「置きに行こう。最初だし。ここは目立つ必要はない」
「そうしよう。でも、振り付けはどうする」
「あー、振り付けは……中田(女子|仮名)に頼もうぜ」
「よいね」
「間違いない」
中田はクラスの1軍女子である。クラスの1軍女子というか、もはや学年の1軍でもあった。トップオブトップである。
モブ4人衆で中田に頼みに行くと、中田はお茶のこサイサイ、数分でパラパラのふりを作り上げ、私たちに伝授してくれた。
まるで宝の剣を授けられたかのような喜びぶりである。
「これで完璧」
「キテるな」
「優勝だ」
「NIGHT OF FIRE」
……
[4]ユウヘイの異変
さて、衣装もいつの間にかこのパラパラに相応しいものに決まり、本番まで残り数日となった。
このころである。
ユウヘイが、おかしな踊りをしだしたのは。
まったく振り付けが違うのだ。せっかく中田が考えてくれた振り付けなのに、その影も形もない。ユウヘイは私たちを笑わそうと、独自のダンスを披露し始める。
「ダーキ、ちょっとみててくれ」
「え、なになに」
「どう?」
「どうって、それ……」
ユウヘイのダンスは、キレッキレでおもしろかった。吉本・松竹・ホリプロコム・ソニー・サンミュージックあたりのお笑い事務所の要素をすべてブレンドして、いい味だけを抽出することに奇跡的に成功したような、そういう踊りだった。
私はニヤニヤして見つめる。
竹本と佐藤は呆れている。
「どう?」
「世界獲れるんじゃね?」
「これでいけるか、ダーキ、判断してくれ」
「世界基準だよそれ、いこう」
「竹本も佐藤も、いいよね」
「世界獲っちゃうなこれ」
というわけで、本番直前に急遽ダンスを変更した。これで世界を獲りに行く、という踊りに。
こうなってくると、衣装も変更せねばなるまい。
衣装はタンクトップとハーフパンツで。モブができる全力の悪ふざけ。花道で4人、ボックスフォーメーションで踊ることにした。前列に私とユウヘイ、後列に竹本と佐藤。
このカルテットで世界を獲りに行く。
「本番で踊るとき、ひとつ注意点がある」
ユウヘイが言うので、私は「笑わない、無表情で。だろ?」と返す。無表情でふざけるということのコメディ性は、小学生のときに体得済みだ。
ユウヘイは「言わなくてもわかるか」とだけ言う。
……
[5]学校祭本番
全校生徒のざわめきと熱気が体育館を揺らし始める。学校祭本番だ。
1年生のクラスステージの発表が徐々に消化され、私たちのクラスの出番がやってくる。
世界を獲りに行くモブ4人衆が先鋒の1分を務める我がクラス。
私たちがスタンバイした花道の周りには、上級生、特に3年生がごった返しており、私とユウヘイはサッカー部であったから、先輩たちがめちゃくちゃに声援を送ってくれる。
「お前たちには期待してるぞ」みたいな、そういう声援である。そんな声援に感化されてか、他の先輩たちも黄色い歓声を浴びせてくる。「誰だお前らは!」とか「がんばれ〜!」とか。
……
…
体育館に「NIGHT OF FIRE」のパラパラ風のイントロが爆音で流れる。
ユウヘイが考案したダンスは、最初のイントロ部分で全然踊らない。むしろ固まる。
観客に「こいつら大丈夫か?」と思わせるような入りだ。そこから悟りを開いたかのようにゆっくりとした踊りが始まり、そして猛烈に加速していく振り付け。火照るスポットライト。
案の定、体育館中が静かにどよめく。
「どよよ」「どよよ」
次に私たちが踊りを開始すると、
「おぉ?」「おぉっ?」
「どおぉ〜〜〜!!!??」
体育館が一体になったかのような歓声がわく。
お構いなしでさらにダンスは加速。猛るタンクトップ。カマす無表情。光る汗。
こうなった瞬間、先輩を含め、体育館中、いや、学校の敷地中、生きとし生けるすべての者が、なんなら無機物さえもが、縦に横に、それこそドンブラコ、ドンブラコと揺れてたんじゃないかと思うほどの大爆笑、大歓声に包まれた。
先輩たちでさえ「すげぇ〜!!!」「こ、こいつらなんで笑わねぇんだ!」と言って抱腹絶倒。私たちを指さす女子生徒。腹を抑えて笑う3年生。
こうして、先鋒としてのダンスを踊り切った私たちモブ4人衆は役目を終える。もちろん結果は優勝である。ユウヘイとハイタッチだ。
…
[6]おわりに
このクラスステージが終わったあと、最前列で踊った私とユウヘイはヒーローのようだった。
同じ部活のやつからはもちろん「最高だった」と話しかけられたし、知らない人からも「NIGHT OF FIREの人たちですよね? 最高でした!」と言われる始末。
高校1年生の学校祭の1日を振り返ると、素晴らしいことに、朝から夜まですべてを覚えている。
1分1分、毎分ごとに大爆笑していたような、まるでエピソードのルーブル美術館のような日なので、また機会があれば書きたい。
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