美容室デビューは28歳だった。
小さなころ、髪を切るのがとてもイヤだった。
雰囲気がガラリと変わって、友だちから「あ!髪切ったんだ!」と言われるから。あ、こいつは自分の髪の毛、つまりは外見に対する興味関心がある人間なんだな、と思われるのが、なんだか恥ずかしかったから。
なので、高校卒業くらいまで、床屋にも美容室にも行ったことがなかった。代わりに、父や母、そして弟が、自宅で私の髪の毛を切ってくれた。
「”バーバーイトー”へようこそ」
と母はニヤニヤ言って、準備にとりかかる。
お手製のゴミ袋をかぶって「じゃ、適当に切ってくれたもれ」と実家のリビングで私は言ってた。我が家にヘアカットのプロはいないから、きっと髪の毛はガッタガタ。
母はよく「シャギー入れる?」と聞いてきたが「シャギー」とはなんなのか、今でもナゾ。検索すれば出てくると思うが、わざわざ調べん。
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大人になってからは、実家の誰かに切ってもらうわけにもいかないから、1,000円カットに行っていた。
「ねぇ、髪の毛ってどこで切ってる?」
という誰かの質問には、食い気味で、
「1,000円カット」
と答えていた。
俺は自分の髪の毛(外見)に興味はないよと印象付けたかったのだ。いま思えば、まったく意味が分からん。
…
「大人なら美容室行きなさいよ。
人前に出る仕事してんだから」
と、言ったのは妻だ。
「だなぁ。でも美容室の選び方が分かんね」
と言ったら妻は、ホットペッパービューティーのアプリを起動して、自宅のすぐ近くの美容室を予約してくれた。28歳の時だから、今から4年近くも前のことになる。私は妻に質問した。
「え、美容師さんに『こんな髪型にしてください』って伝えるの? なに話せばいいの?」
「画像かなんか用意して、見せればいいの」
「え、画像? そしたら美容師さんから『うわ、こいつ吉沢亮みたいになりたいのか。全然顔違うのに』とか思われない?」
「思われない」
「うーん、そうなのか。そもそも、美容室にカランコロンカランって入って、何て言えばいいの?そこから分かんないんだけど」
「予約してた〇〇です、って言えばいいよ」
「うーーーん」
「じゃあ、あたしがついてくわ」
「おぉ! それは心強い!」
というわけで、28歳の私の美容室デビューの日、私の妻がセコンドについてくれることになった。当時は新婚だった。なんて心強いんだ。さすが妻。信頼と実績、そして安心の妻だ。
…
自宅近くの美容室に行った。2人で。
(カランコロンカラーン)
待っていた男性美容師さんが言う。
「いらっしゃいませ」
妻が言う。
「予約してた〇〇です」
私は後ろですまし顔。
美容師さんは言う。
「あっ、えーと…」
妻は毅然として言う。
「この人の髪を切っていただきたくて。髪の毛のイメージは、こうでこうで、ホニャララ〜」
美容師さんは言う。
「なるほど、なるほど」
私は思う。
(妻、すげぇ。百戦錬磨じゃん!)
妻は言う。
「じゃ、あとはお願いします。
あたしはそこで待ってますので」
美容師さんは言う。
「…あ、ちなみにどういったご関係で?」
妻は言う。
「妻です」
私は思う。
(妻、すっげぇ〜)
…
なんかよく分かんなかったけど、まずシャンプーをされた。で、髪の毛を切ってもらう。美容師さんが話しかけてくる。
「奥様、すごいですねぇ」
「さすがですよね、この前結婚したんです」
「…いやぁ、すごいですねぇ」
何を「すごい」と言ってるのかは分からなかったけど、なんやかんやと数十分話してたら、髪の毛が切り終わった。美容師さんは言う。
「奥様にも、確認してもらいます?」
私は言う。
「えぇ、もちろんです」
で、呼ぶ。妻は店内で足を組んで、よく分からん雑誌を読んで待っていた。
「ねぇ、終わったよ」
「あ、終わった?」
で、美容師さんは言う。私そっちのけで。
「おそらく画像のとおりになってるかと思うのですが、奥様的にいかがでしょう?」
妻は私の頭を全方位から見て、
入念に確認する。
「そうですね、いい感じですね。
ありがとうございます」
で、妻は私に確認する。
「どう?ここが気に入らないとか、ない?」
私は言う。
「うん、ない。いい感じ」
妻は言う。
「ならいいんじゃない?これで完璧だわ」
…
もしも、私が美容師さんなら首をかしげる。
この旦那さんは、奥さんのなんなのだ?
どういう関係なんだ?
というか、なぜこいつは奥さん同伴で美容室に来てるんだ?
プロデューサーかなんかなのか?
…
お会計も妻にしてもらって、美容室を出た。
すぐ近くの自宅まで2人で歩きながら、
私のニュースタイルを見て、妻は言う。
「うん、髪の毛いい感じ!満足度はどう?」
「いやぁ、これはいいねぇ、新しい世界の扉を開いちゃった感があるわ。これはNEWワールド開いちゃったなぁ」
「美容室はどこでもこうだから。
これでもう次からは1人で行けるでしょ?」
「…いやぁ、どうかなぁ」
…
……
その1ヶ月半後、同じ美容室の待合室で、
また妻は足を組んで待っていた。
…
今は1人で行っているし、美容師さんにも希望の髪型をオーダーできるようになった。美容室に行くといつも、鏡越しの美容師さんをまっすぐ見つめて、私はこう頼む。
「僕をBTSにしてください」
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