授業という「コンテンツ」 #熟成下書き
先日竹村さんの記事をよんで、これからの授業についてモヤモヤと考えが浮かんできました。
となりのトトロを倍速再生しない理由。
これからの授業でもっと考えなきゃいけないこと。
なんだか共通しているような気がしているんです。
でも何がどう共通しているのか、まだうまくまとまりません。
今日は、頭の整理のためのアイデアメモを熟成下書きとして書き留めておきます。
今後、考えをまとめて記事にするかも。
現代社会の子供たちは
▶︎コンテンツが飽和していて、その中から「面白そう」という動機で自己選択できる環境で育っている。
▶︎短時間に、いつでも、どこでも、大量消費できる環境。
▶︎次々に生み出されるものを、受け身的に選べる環境にある。
▶︎スマホ、アプリ、SNS、動画コンテンツ などなど。
子どもから見た従来型の「一方通行授業」とは
▶︎「面白そうだから」という動機が存在せずとも、その情報に触れていくことを求められる時間。
▶︎自己選択していない物事を受け取らないといけない時間。(特に中学生)
▶︎つまらなくても次の「コンテンツ」に移動できない。辛い。
▶︎それなのにテストの評価だけで怒られたりして、ますます嫌な印象のある時間。
授業を「コンテンツ」と呼ぶならば、こんなコンテンツにしたい
▶︎子どもが「授業にいる自分」というコンテクスト(文脈)そのものを体験するコンテンツ。
例)話あいに参加していて、自分ができること・感じていることに気がつけた。
▶︎体験したものを、自分のものにするところまで(記憶に定着する、実践してみるなど)を包括する。
▶︎情報を受け取る、味わう、そして自分で創造するという体験。
▶︎社会を構成している、未知の物事に出会い、新しい動機・引き出しを得る体験。
🖋あとがき
ここまで記事を読んでくださった方、ありがとうございました😊
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