聖地巡礼記チベットへゆく⑬奇跡的に秘密の寺へ迷い込む
チベット(西蔵)へ聖地巡礼の旅
仏教は長い歴史において
実は今大きな転換期をむかえている
仏教史において後世語り継がれるであろう
時代を僕らは生きている
そして歴史の目撃者となる
奇跡的に秘密の寺に迷い込む
瑪吉阿米(MAKYE AME)の
レストランの3階で次の行動を考えていた
ガイドには夜ご飯を近くで食べて
ホテルへ戻ると報告し
自由行動を許してもらい
別れていた
そのつもりだったけど
まだ時間があるので
夕日が綺麗に見える場所に寄ってから
食事に行こうと考えた
丘の上にゲルク派の有名な
セラ寺院がある
訪問時間が遅いので
観光できないかもしれないが
とりあえず行って街を一望できそうな
場所探してみよう!と
なった
僕はポタラ宮を観光してる時から
徐々に高山病が酷くなっていて
息苦しいというより
頭が痛く
歩くスピードも遅くなり
頭の痛みを何とか和らげようと
休憩も増えていた
ジョカンを観光してる後半は
立ってるのもつらくなり
瑪吉阿米(MAKYE AME)で
休憩し少しまた
回復したけど
高山病は酷くなる一方
1日たっても体は順応してくれない
とにかく頭の痛みがひどい
この後タクシー移動なので
ホテルに戻るまで動き回ることが
ないので早めに戻り休む事を
考えながら店を出た
大通りでタクシーを捕まえるが
中々捕まらない
ようやく1台のタクシーが止まる
僕らの為というより乗客を降ろす為に停車
後ろの座席から人が降り
僕らはそこに強引に乗り込んだ
すると助手席には先客が座ったまま
降りないので相乗りの形で
タクシーは走り出す
妻が行先を伝える
セラ寺院に行って拉薩を一望できそうな
場所に行きたいと伝えたら
助手席に座ってる女性が
それなら
いいお寺あるから紹介するよ
割って入ってきた
妻と助手席の女性と
何やら話が進んでいる
どうする?と妻から聞かれ
僕は頭が痛いから
任せるよ!と言って
窓の外を見ていた
どうやら
女性が紹介する寺へ
行く事になった
タクシーの運転手に場所を伝える
女性は先に降りるから場所を
携帯ナビにセットする為に運転手に説明
しかしナビに地名が出てこない
ナビにセットができない
運転手も説明を受けても場所がピンと来てない
そんな場所は知らない!という顔
すると
助手席の女性が
私が案内してあげるわ
と言って親切に
寺まで誘導してくれる事になった
拉薩に住むベテラン運転手も
寺の名を聞いても知らないという
助手席の女性の話では
その寺の座主は転生僧だから
運が良ければ会えるのでラマに
頭を触ってもらうといいわよ
ご利益あるわよ
と話してくる
チベット仏教では
徳の高い僧(ラマ)が入滅すると
弟子たちは転生児探しをする
寺の財産、伝統を継承し維持していく為にも
ラマの魂を探し求める
弟子たちにとっては寺の後継ぎ問題と関係し
転生僧を見つける事が死活問題にもつながる
転生僧は認定制でダライほどの厳しい審査は
ないとしても、推薦、選定、認定となり
認定された子を持つ家庭の生活は一変する
ダライ・ラマ十四世の亡命後
チベット仏教は2つに分かれる
チベットに残った
チベット仏教と
インド ダラム・サラへ移った
チベット仏教
ダライ亡命後 多くの僧が亡命を試み
インドに住むダライの後を追った
大陸には今でも多くのチベット仏教徒が
存在するが高い知識と能力で
指導するラマは年々減り続けている
若い修行僧にとっては
色んな教典を極め習得したラマの元で
修行する事が難しくなりつつある
簡単に極めれない奥義も多い中
良い師と出会う事は修行僧にとっても
継承していく為にも重要である
その為
能力の高い師(ラマ)と
最先端のチベット仏教を求めるなら
ダライ・ラマ十四世が築いた世界の
インドへ(ダラムサラへ)行く選択も
考えなければいけない
しかしチベット人は通常の手続きでは
認可が下りない為 故郷を捨てインドへ
亡命し進む事になる
あまり知られていない
今のチベット仏教の現実問題でもある
ダライ・ラマ不在のチベットは中国化していく
チベット仏教世界の本質は徐々に薄れ
ポタラ宮が博物館になったように
骨抜きにされている
転生僧の人数は多くはない為
やはり貴重な存在にはかわりない
中には真の高い能力者も存在する
そう簡単に出会う機会は ないから
話を聞いて僕も是非会えるなら会いたい
という思いが強くなる
転生僧に会えるなんて
考えもしていない今回の旅
会えるかもしれないと思うと
急に緊張してきた
転生僧といっても
色んな転生僧がいる
最も有名なのは
ゲルク派では2大活仏の
ダライ・ラマやパンチェン・ラマ
カギュ派では
カルマパやシャマル
などが最も有名である
助手席の女性が手ぶらでは失礼なので
何かお供え物が必要というので
店に立ち寄り
セットになった牛乳パックを
僕らは買ってタクシーに再び乗り込んだ
女性が案内しながら道を進むが
古い民家の中を抜け町からドンドン離れ
丘に登る
よくわからない所へタクシーは進んでいく
痩せたヤギや馬がウロウロし
こんな奥地に本当に
そんな寺があるのかと思うような道を進む
タクシーの運転手も
一体どこにいくんだ?という事を言ってる
僕も一体どこにいくの?と思ってる
妻が女性と寺について
話をしているので
聞いていた
すると
その寺の座主の転生僧は
ダライ・ラマ十四世と縁のある僧だという
詳しく話を聞いていると
座主も昔、子供の頃に転生僧として
故郷を離れ拉薩に連れてこられ
十代のダライ・ラマ十四世と共に
ポタラで教育を受けた僧であり
共に過ごし遊び仏道に励んで
修行してきた旧知の仲である偉い転生僧
の一人だと教えてくれた
そんな特別な僧と今から会えるのかと
少し疑いつつも急に緊張が隠せない僕
高山病も吹っ飛ぶようなインパクト
まさか そんな転生僧に会う
事ができるなら 是非会ってみたい
思いはさらに強くなる
今のチベット(中国)では
ダライ・ラマ十四世を崇拝する事は
禁止されている
ダライ・ラマ十四世の写真すら見る事はない
国家反逆者として扱われ
今のチベット人がダライ・ラマ十四世の名を
口にするのすら危険で
その話題はタブーだという事は
僕でもわかる
ガイドと接していても
決して十四世の名を軽く口にはしない
かなり慎重に言葉を選ぶのを感じる
チベットで十四世と繋がりがあり
生き残っている僧は一握り
年齢も少なくとも70近いはず
だから、縁のある僧と出会う事が
いかに貴重であるかがわかる
少し危険な匂いを感じながら
寺に向かっていた
僕は今、
ダライ・ラマ十四世と幼き頃
共に修行し過ごしてきた転生僧に
会いに その寺へ向かっている
丘をクネクネ登り
どこから
いつから
こんな道に迷い込んだのか
解らないような場所を
タクシーは走る
果たして座主は居るのだろうか
突然やって来た訪問者に
会ってくれるのだろうか?
女性いわく 普通は声をかけるらしく
来客の訪問時間は
午前中の数時間と
決められているらしく
午後の夕方に会いに行っても
断られるかもしれない
しかし案内してくれる女性が
私は数年前にも会ってるので
私が声をかけてあげるから
とまで言ってくれる
さっき出会ったばかりの
初対面の僕らに
色々尽くしてくれる
タクシーの中で
僕は期待だけが膨らむ
どれくらい走っただろうか?
市内から随分離れた何もないような
丘の上にきて
女性が この上だよ と指さした
そこには小さな寺らしき建物が見え
いくつかの白い仏塔が見え
人里離れた静かな場所で
修業に励んでいそうな雰囲気のある
寺にたどり着いていた
奇跡的に秘密の寺に迷い込む
傾斜にそって建てられた門構えが見え
タクシーを降り高山病を我慢しながら
僕は寺の門をくぐった
⑭へ 時を超え秘密の寺の事を考える へ続く
チベットへ行くはシリーズで綴つづっています
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