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【読書感想文】随筆の良さが詰まったエッセイ集『潮の騒ぐを聴け』作・小川雅魚
本書の著者、小川雅魚(まさな)さんと出会ったのは、去年の11月である。
知っている方もおられるとは思うが、僕は本書の題材となっている愛知県田原市の渥美半島という場所で、一人席しかないブックカフェ「自分を見つけるブックカフェ」を営んでいる。
去年の11月、うちのブックカフェに知り合いがやってきた。その知り合いに「どうもお久しぶりです」なんて挨拶をしていると、その知り合いの背後に連れ添いの方の姿がちらっと見えたのだ。
そのパッと見えたその瞬間だけで、
「ん……、この御仁、何かを極めているな……」
とわかるような、ひとかどの人物が知り合いの後ろに控えていたのである。
店内に入るとそれぞれカレーを食べ、コーヒーを飲み、思い思いの本を読んでいた。こう言葉にすると、ごくごく普通のうちのブックカフェでの過ごし方に思えるが、何かを極めたであろう人物が持つ雰囲気というものは尋常でなく、ごく当たり前の光景が言い知れぬ凄みを伴うのである。
小川さんに「何をお極めの方でしょうか?」と訊きたい気持ちを抑えつつ、二言三言何気ない言葉を交わした。
その少しのやりとりだけではっきりとわかるのは、この人物はまぎれもなく高い知性と深い教養がありながら、それでいて賢い人にありがちな知性と教養をひけらかすようなそぶりが一切ない、頭脳も心も大きい闊達な人だということだった。
「この人、一体何者なんだ……」と思いつつも、初対面の人に根掘り葉掘り訊くような僕ではないので、結局何もわからず仕舞いでカフェを出る小川さんと知り合いを見送ったのであった。
その翌日、別の知り合いのところに出向くと、なんとも偶然だが、小川さんがいたのである。
その時に初めて大学で教鞭を振るっていたことと、エッセイや文章を書いていることを知り、本書をお勧めして頂いたのだ。
あれほどの大人物、間違いなく面白い本だろうと思って読み始めたが、本当に面白く楽しく読ませて頂いた。
書かれているのは小川さんの個人的な体験で、主に「食」と「人物」について描かれている。全て小川さんの個人的な体験談だが、それがそのまま渥美半島の郷土史であるような貴重な追憶であるようにも思えた。
舞台は一応渥美半島なのだが、小川さんは日本各地や海外にも行っていたようで、話は色々なところに飛んでいく。いい先生の授業は余談が面白かったりするが、小川さんはその余談のネタが溢れすぎるくらいに豊かな人生経験を積んでいるのだということがよくわかる。
その余談のネタが多いということの証左に、本書の注の量は学術書かと思われるほどに膨大なものになっていて、それだけで一冊の本ができそうなほどであった。
食の話を読めばその食べ物を食べたくなり、人物についての話を読めばその人物に実際に会ってみたくなる。小川さんの話の巧さには、どこか人を惹きつけるところがあり、それは食べ物や人物をただ描くのではなく、小川さん自身が本当に好きなものや面白かった思い出をありのままに描いているからだと思った。
純粋な少年のような心を持ちながら、あらゆるものに対して造詣が深く、それでいてユーモアまである人が書いたエッセイ集は、随筆の良さが詰まった素晴らしい一冊であった。
また本人に会うことがあれば、小川さんは鰻を焼く達人だと本書にも書いてあったので、「小川さんの焼いた鰻を食べさせてください!」と直談判してみようかと思った。
渥美半島の方はもちろん、そうでない方もぜひ読んでみてください。