
福沢諭吉「人事に学問の思想を要す」~なぜ普通教育が必要か
こんにちは コウちゃんです
前回の記事で福沢は慶應義塾の生徒に対して実学の重要性を語っていました。
そこで福沢が学問論を語ったエッセイを晩年の作品である『福翁百話』から紹介したいと思います。今回紹介するのは「人事に学問の思想を要す」です。「人事」をどう現代語に訳すかが難しいです。直訳すると「人間に関する事」なのですが、今風に言うと「人間社会・実社会」て感じだと思います。
現代語要約
文明は学理(学問の理論)とともに進歩し、学問上の真理原則を実際に応用することが、より広くより密になれば、之を文明の進歩といい、その学理を知るものを文明の人というのである。近年、ようやく日本でも学問が流行して専門の学者も増えてきた。しかし、ただ専門の学者だけが増えてもこれに対応できる人民がいなければ、学問が実際に活用されることはない。例えば、医者が医術を研究して身に付けたとしても、周囲の人が「学理上の思想」がなくてこれを信じなければ、せっかくの医者も無駄である。これ(国民が「学理上の思想」をみにつけること)が国民全体に学問が必要な理由で、普通教育を奨励するのもこのためである。
学問を職業とする者と学問の大体の意味を理解するものとには区別があるといえども、人間社会の様々なことは学理の範囲外にあるものはほとんどない。職人や農業などどのような職業であっても学問が関わってくるのであり、学理の応用は身近にあることを意識して軽んずるべきではない。専門の学者でなければ、ある物をみてすぐにそれを製作することはできないだろうが、専門外の素人でもその物の性質を知り、その強弱を知り、どのような原則をどこに応用しているのかを理解することはとても大切なことである無学の人たちを見ると、汽船汽車に乗りながらそれが動く原理を知らず、電信や電話、ガス灯や電灯などを用いながら、それを不思議だというのみで原理を知ろうとするものは非常に少ない。
このような姿勢は下等社会だけの問題ではない。自分を「文明の士君子(学問に通じた人)」と自称し、何かと理屈を言う輩は、往々にして漠然としていることが多い。そのような輩には、学問の事は専門の学者の領分で他の者があずかり知る所ではないという姿勢があるのであろう。
また、世渡り上手と称する人物が、新事業を始めた会社などに入って、人に使われるまたは使う時にも、「学理の思想」がなければ、普段の知能に関わらずどんなことにも機転が鈍くて役に立たず、ついに人に蔑視されてしまいどこかに消えてしまう事例は少なくない。
専門の学者が必要なことは今更言うまでもないが、全ての人を専門の学者には出来ないのだから、専門の学者を目指す人にはその人の才能に応じて勉強させ、その他多数の年少者には、その身分や貧富・貴賤に関わらず普通教育は学問の思想を発達させるために受けさせなければならない。
考えたこと
① 社会の発展を担っているのは一部のエリートだけでない
どんなに一部の専門家の中で学問が発展しようとも、それが活用されるためには一般の人々に理解されなければ意味がない。一国の文明の発展を人民全体の智徳の発展に基礎を置いた福沢らしい主張ですね。これは現代社会でもあてはまりますよね。どんなに素晴らしい政策や技術でも人々に理解される土壌がなければ無駄になってしまいます。そう考えると、我々教員はどのような学力レベルの生徒を教えていようと、社会の発展の土壌を作る大切な仕事であると言えるかもしれませんね。
② 学問で物事の本質を見る目を養う
福沢は全ての人民に専門家のように学問を身に付けろといってるわけではありませんね。では福沢が一般の人民に求めた「学理上の思想」ではこの「学理上の思想」とはなにか。後半で福沢が述べてますが、「学理上の思想」は性質や原則など物事の本質を理解するための学問的(科学的)な思考能力と言えるのではないでしょうか。福沢のいう実学とは現代的な意味でのすぐに役立つ学問という意味ではなく科学(サイヤンス)を指します。福沢が広く人々が実学を学ぶことを通じて得られる、物事の本質を考える科学的精神だったわけです。現代において、勉強する意義は「将来の就職のためとか学歴のため」とか学問を学んだ結果ついてくる社会的属性にばかり重きが置かれがちですが、学問によって得られる知性を含めた人格的成長を伝えられる大人になりたいものです。
③ あらゆる学問は実学である
現代において「実学」というと仕事や生活などにすぐに役立つ学問とどうスキルとして役立つのかという面に重点が置かれがちだと思います。例えば、文系の学部では人文学に比較して、企業での仕事に実際に役立ちそうな経営学や経済学が人気ですよね。さらには「人文学は実学じゃない」なんていう狭量な意見もあります。学問を仕事や生活上のスキルとしてではなく、スキルの基盤となる知性や科学的精神を養うものととらえれば、現代においてもあらゆる学問は実学です。スキルは時代や環境とともに変わっていきますが、学問で培った知性は一生ものです。