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介護の言葉⑭「本当に困っている人」

 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
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 初めて、読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。

 この「介護の言葉」シリーズでは、介護の現場で使われたり、また、家族介護者や介護を考える上で必要で重要な「言葉」について、改めて考えていきたいと思います。

「介護の言葉」

 いつもは、どちらかといえば、支援者、専門家など、周囲の方向けの話だと思いますが、今回は、同時に、家族介護者向けの内容でもあるかもしれません。よろしかったら、読んでいただければ、ありがたく思います。


(私自身の経歴につきましては、このマガジン↓を読んでいただければ、概要は伝わると思います)。

 さらに言えば、今回のテーマは、「介護の現場」だけで使われているというよりは、いつの間にか、社会で広く使われ始めている言葉でもあり、さらには、賛否両論がある言葉だと思います。

 ですので、介護だけでなく、支援を考える時に、避けて通れなくなっているような言葉のように思いましたが、まだ十分に議論されたわけでもなく、今回の自分の考えが絶対に正しいわけでもありません。それでも、支援に関わっている方は特に、改めて考えて欲しい言葉だと思います。

 第14回目は「本当に困っている人」という言葉について、考え、お伝えしたいと思います。

「本当に困っている人」

 最初に、「本当に困っている人」という言葉を、介護の現場で聞いたのは、おそらくは、2005年の頃でした。

 それは、2000年から運営が始まった「介護保険」が、最初の「改正」を迎え、それは、後になってみれば「サービス抑制」としか思えない「変化」の始まりでした。

 その頃、そんな「介護保険」の「改正」について話題になると、「専門家」と言われる人たちは、「本当に困っている人たちに、十分な支援をするために」といった言い方をしていました。

 私は、仕事をやめて、介護に専念していた介護者の一人でした。介護保険のサービスが使えなくなれば、すぐに、もっと困窮し、「本当に困った人」になるのは目に見えていました。

 というよりは、介護が終わった後、中年になっている男性に仕事があるとも思えず、心臓の持病もあり、未来が全く見えませんでした。それでも、まだ「本当に困った人」とは「判定」されないような気がしました。
 
 それでも、「本当に困っている人たちのために」と、私の目の前で語る人たちには、一応は元気そうな私は「困っている人」には見えなかったと思います。そんな「本当に困っている人」という言葉を聞くたびに、私たちには、介護保険のサービスを使う権利がないのだろうか、と微妙な気持ちになりました。

 それ以降、特に支援の専門家が「本当に困っている人」という言葉を使うたびに、なんだかもやもやし、それは、まだ力が足りないとしても、自分が専門家となった今でも、続いています。

「本当に困っている人」は、どこにいるのか。

 例えば、2000年代初頭であれば、「本当に困っている人」のイメージとして、「池袋母子餓死事件」のことが思い浮かぶ人も少なくなかったと思います。

 この事件について、何かを語る資格は、私にもないのだと思いますが、ここまで追い込まれる前に、何かしらの支援が届かなかったのだろうか、とは思います。それは、実際にその地域での支援に関わっていれば、とても難しいとは想像できます。それでも、こうなる前に、行政に相談ができれば、そして適切な支援が届いていれば、と傲慢かもしれませんが、やはり思ったりはします。

「本当に」という表現に潜む「選別」

本当に困っている人」(だけ)を助けたい。

 そんな風なことを支援の専門家が語り、そして、その言葉が社会にも広く浸透するようになれば、どうなるのでしょうか。

 それは、介護だけには限らないと思いますが、客観的にみれば、支援が必要であっても、「まだ私は、本当に困っている人ではない」と思い、支援を受ける選択を取らないことで、結果として「本当に困っている人」になる可能性が高くならないでしょうか。

生活保護を受給してもいいぐらいの方に、生活保護の制度を紹介しても、「私よりもっと頑張ってる人がいるんで」とか「私はそこまでじゃないんで」と言うんです。

 「本当に困っている人」という言葉が、「支援というものは、本当に困っている人だけのもの」という隠されたメッセージになっているとしたら、言葉は強いかもしれませんが、それは支援に関しての「選別と排除」に結びつきかねません。

 例えば、この「本当に困っている人」という言葉を使う人は、「本当に困っているのか、本当に困っていないのか」を「誰が」「どのように」判定するのか。を想定されているのでしょうか。

 その時点で、すでに、あいまいで、怖い部分があると思います。

介護保険の見直し

 例えば、介護保険にしても、利用者が足を運んでくれないと、サービスを提供することができないシステムだと把握しています。

 そこで「本当に困っている人」という言葉を持ち出して、サービスの利用に対して心理的なハードルを上げるよりも、利用したい人に対して、サービスを利用しやすくし、より良いサービスを提供することが、支援の本筋だと思うですが、いかがでしょうか。

 もちろん現場の大変さを、理解していない人間の綺麗事な発想だと言われる可能性は承知しています。それでも、もし、今の介護保険が、そのように機能していないのであれば、それ自体を問い直すことがあってもいいと思います。(予算の使い方も含めて、再検討の余地もあると思います)。

 介護保険が最初に約束した「基本」(中略)は、「予防重視型システム」から「地域包括ケアシステム」まで、なじみづらいキャッチフレーズを掲げた介護保険法の改正と、三年ごとにくりかえされる介護報酬の改定で、複雑に姿を変えてきました。
 そして、これまでの見直しがもたらしたのは、電話相談のたびに、サービスを利用している人から、「制度がおかしい」、「サービスが利用できない」、「将来が不安だ」、「どうしたらいいのだろう」という訴えが届く現実です。 

 基本的には、支援の現場では「本当に困っている人」という言葉を使うのをやめて、目の前の、サービスを利用したい人に対して適切な支援を行うにはどうしたらいいのか。という基本から考え直してもいい時期に来ているのではないか、と思います。

ご意見・疑問点

 今回は、「本当に困っている人」 という言葉を考えてみました。まだ、未熟な思考だと思います。それでも、特に支援職にいらっしゃる方々に関しては、できましたら、考えていただけるきっかけになれば、幸いです。

 ご意見、疑問点などございましたら、教えていただけると、とてもありがたく思います。



(他にも介護のことを、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただければ、うれしいです)。




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越智誠  臨床心理士/公認心理師  『家族介護者支援note』
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