「介護うつ」という言葉を、改めて考える。
いろいろなことには、流行があるようで、ある時期に盛んに言われても、急にあまり触れられなくなることも少なくありません。
介護うつ。
この言葉も一時期、かなり話題になり、そして、それは、とにかく避けるべきもの、としてしか語られていなかったように思います。
本当は、「介護うつ」という診断名はなく、病院に行って診断を受けたとしても「うつ」と告げられ、そのための薬を処方されるはずです。
ただ、今は、以前ほど多く「介護うつ」が語られなくなりました。
もし、家族介護者の負担が減って「介護うつ」ということを考えなくなくても済むようになっていたらいいのですが、そういうわけでもないようです。
これまでに書いてきたことの繰り返しになる部分もあるかと思いますが、いまだに誤解が多いようにも感じていますので、今回は、改めて「介護うつ」について考えたいと思います。
私は、臨床心理士・公認心理師の越智誠(おちまこと)と申します。
よろしくお願いします。
介護殺人・介護心中
家族介護者の負担が減るような状況にはなっていないことを示すように、今も、介護殺人や介護心中事件は減っていないようです。
こうした事件が減少傾向が見られないということは、支援で足りないことがある、ということだと思うのですが、家族介護者の支援の強化が、表立って議論され、しかも実現されるようなことは、この20年でもあまり聞いた記憶がありません。
これは、2023年の事件です。
この自分ではストレスを感じていた認識はない、という言葉は、もっと詳細に尋ね、少しでも、この介護者でもある被告の理解に近づきたいところだとも思ってしまいます。
そして、判決には執行猶予がついた。
そして、この記事では、最後は「どうすれば防ぐことができたのか」といった視点の内容となった。
こうした後悔について、何かを言えることもできないのですが、それでも、こうした介護をしている人に、個人的な努力だけでは限界があるので、もう少し支援ができるようにならないのだろうか、とは思います。
この事件でも、要介護者である妻・節子さんが「うつ状態」とは言われていて、介護者である被告も、この環境では「介護うつ」といった表現が出てもおかしくないとは思うのですが、そうした言葉は見当たりません。
裁判官が「被告人が自覚のないまま疲労や疲弊感を蓄積させ、解決のための選択肢を持ち合わせない中で、視野を狭くして、犯行に及んだことは想像に難くない」と発言し、これは、介護者の状況への理解はあると思わせますし、「抑うつ状態」と言っていいとも思うのですが、そうした言葉は出てきていません。
介護者がどのような心理状態にいるのか。精神科医の判断があれば、「うつ」という言葉は出てきてもおかしくないのですが、そのような専門家の関与もないため、「介護疲れ」や「介護ストレス」といった言葉が繰り返し使われているようです。
ただ、今回は詳しく触れられませんが、「介護疲れ」も「介護ストレス」も実態はどういうものなのか。それを詳細に説明していることは、ほとんどないのが現状だと思います。
繰り返される言葉
2006年なので、もう20年近く前になってしまいますから、すでに覚えていらっしゃる方も少なくなっていると思いますが、「地裁が泣いた介護殺人」といわれる事件がありました。
ここまで追い詰められれば、心中を考えても仕方がないのでは、とも思える。
このときに裁判官から「介護制度のあり方も問われている」との発言があったのですが、それから20年近くが経ち、介護殺人や介護心中の件数が減少していないのですから、介護者を支援するシステムも含めて、介護制度のあり方は、改善していない、ということなのだと思います。
それは、介護者支援の専門家になって10年が経つのですから、私自身の責任もあるのですが、本当に進んでいないとは思います。
それだけが解決の方法ではないのですし、傲慢かもしれませんが、こうした事件の報道を目にするたび、少なくとも、介護者の相談窓口があれば、ここまで追い込まれなかったかもしれないとは、考えてしまいます。
介護者への支援についても、もちろん、ずっと言われてきました。
この記事は2011年ですが、「適切な対応を行える体制の構築」は、10年以上経っても出来ていないように思います。
そうした支援体制が広がらないように、そのうちに「介護うつ」という言葉自体も、一般的には、あまり聞かれなくなりました。
専門家の言葉としての「介護うつ」と、「介護うつへの対策」
その一方で、専門家の間では、介護に関して「うつ」という言葉はずっと言われてきたようです。
この記事は2011年なのですが、次の記事↓がアップされている2023年に至るまで、長く言われてきたようです。
ただ、個人的な経験ですが、自分自身も介護をしてきたこともありますし、今は、家族介護者の心理的支援としての「介護者相談」も10年続けてきましたが、この記事↑で挙げられている介護が原因と考えられる「うつ」への対応は、やや非現実的な気もしました。
もちろん、とても基本的な対応であるとは思います。
ただ、休養として、すぐに「家族に介護を代わってもらう」ことができるような環境があるのならば、元々「介護うつ」になるような状況に追い込まれないと思います。介護保険サービスをすでに利用していても、「いつまで続くかわからない」介護環境の中では、さらに負担を減らすのが難しくなっている可能性も低くないと考えられます。
また、精神科のクリニックなどへの受診は必要なのは間違いないのですが、まず通院のための時間をどう確保するのか、という問題もあります。デイサービスなどを利用していたとしても、その時間は少しでも体を休めたいはずで、その時に受診に行ってもらう動機づけをするのも難しいでしょうし、もしも、ずっと在宅介護をしている必要があれば、目を離せなくて、病院などに行くのは難しいという介護者もいるはずです。
というよりは、こうした状況にいるから「介護うつ」と言われるほどになっているのだと思います。
そして、もしも、それでも通院し受診し、「うつ」と診断され、薬が処方されたとすれば、場合によっては少しでも楽になり、それについては、有効だと思いますが、その後の認知行動療法については、やや疑問が残ります。
私自身も認知行動療法は専門ではないので、詳細を語る資格はないのだと思いますが、基本的に環境調整が難しい介護環境で、どれだけ有効なのかと思ってしまいます。
考え方がどれだけ変わっても、「いつまで続くかわからない介護時間」への負担感を減らすのは難しいでしょうし、無理をしないほうがいい、と行動の変容を促され、それについて自身が納得したとしても、要介護者が目の前にいる限り、介護を続けることに変わりはないはずです。
ただ、それでも、こうして自分自身へのケアをできる機会を持てる介護者は恵まれているのでは、と思ってしまいます。
こうした時間がないから、「うつ」に追い込まれてしまうのではないでしょうか。
これは、かなり以前の調査ですが、今も、同様な介護環境で介護をされている方々は少なくないと思います。
こうした方々に、先ほどの「みんなの介護」であげられていた「休養」「薬による治療」「精神療法(認知行動療法)」という対策は、難しいのではないでしょうか。
「抑うつ状態」が自然であるかもしれない「介護環境」
自分自身が仕事を辞めざるを得なくなって、介護に専念している頃に、「介護うつ」という言葉は広く言われるようになってきた記憶があります。
それは、2000年代に入った頃ですが、介護に関心がある人からは「介護依存」や「介護うつ」という言葉を聞く機会が多くなり、特に「介護うつにならないように」と、善意からのアドバイスも聞かれるようになりました。
「…介護うつ、と言われても、毎日24時間で休みがなく、いつ終るか分からず、仕事もやめざるを得ないような状況で、明るくいられる人がいるのだろうか…」。
介護うつ、といった言葉を聞くたびに、そうしたことを心の中で思っていました。
その後、私自身は、介護を続けながら臨床心理士になろうとし、大学院に通い、改めて、家族介護者の方にインタビューをし、「いつまで続くか分からない」状況の中での生活が、どれだけ気持ちを追い込むも のか、を改めて知りました。
その中で、自分自身もそうなのですが、介護を続けているとしたら、抑うつ状態が基本ではないか。そんなことを考えるようになりました。
ですから、「うつ」かどうかを診断するのも、症状が重い場合は必要だとは考えますが、それだけの介護負担感の中で介護をしているのですから「抑うつ状態」を前提として、何しろ、介護者の心の支援を提供し続けることが必要だと考えるようになりました。
そして、そのためにどうしたらいいのかを考え、できれば心理職による介護者相談が必要で、その実践と必要性を訴えることは10年以上続けてきました。
さらには、外出が難しい介護者には、こちらから訪問して、「介護者相談」を行うことが必要だとも考えています。
それを受け入れてもらうまでの困難さも想像しますし、実際に、訪問相談を実施するには、特に行政では、まだ実際に行う難しさがありますが、そうした相談が、各地域で日常的に行われるようになれば、「介護うつ」と言われるような介護者は、少しずつでも確実に減少すると考えています。
「介護うつ」と名指される気持ち
ただ、「介護うつ」をめぐる言葉の中で、実際に「介護うつ」と言われてしまう家族介護者の気持ちのことは、あまり注目されてこなかったように思います。
「介護うつ」かどうかに対して注目され、もしも「介護うつ」であれば、素早く通院に結びつけることが大事。などと周囲の「専門家」に見られているとしたら、それは監視されているような状況ですから、決して気持ちがいい状態ではないように思います。
こうした見方は、かなり納得がいきます。悲しみの中にいる人を、あまり見たくない、というのは通常の感覚なので仕方がないとも思いますが、「介護うつ」と名付けて、病気として扱うだけでは、おそらくその孤立感が減少しない、ということに関しては、確かにその通りだと思います。
これは、アメリカのことなので、介護者適性テストがあるようで、日本とは、やや事情は違うのですが、ただ、鬱病と言われたということは、日本では「介護うつ」と言われるような状況であるとは思います。そして、そう診断された介護者が、どんな気持ちになるのかに関しては、この通り↓だとも思います。
そして、他の介護者も、似た感覚であるようです。
この感覚は、おそらくは多くの家族介護者でも共通するもののように思います。そして、支援者であれば、「介護うつ」もしくは「うつ」と名指された人がどう思うのかも含めて、考えていく必要があるかと思います。
介護環境の特殊性
では、厳しい介護を続けていると思われる家族介護者のことを、どのように考えればいいのでしょうか。
この記事でも、家族介護者特有の介護環境について書きました。
あまり大変さや、過酷さばかりを強調するのは、実際に介護に取り組んでいる方々にとっては失礼かもしれませんが、この「3つの基本構造」のうち、一つでもかなりの精神的な負担になるのは間違いありません。
それに、特に「いつまで続くか分からない」は、人間にとってもっとも過酷なことではないか、と指摘した一人にフランクルがいます。
もちろん介護者が収容所にいるわけではありませんが、この「いつまで続くか分からない」ということが、家族介護者の負担感をずっと継続させるのではないか、と想像してもらえれば、少しでも家族介護者の心理の理解へ近づけるように思います。
フランクルが使っているとはいえ、異常、という言葉を使いすぎるのは、介護者にとって不適切とは思うのですが、それでも日常的な生活とは質的に違った負担感の中で生活しているのは事実だと考えられます。
その中では、抑うつ状態が「正常な行動」であるかもしれませんし、それが、「いつまで続くか分からない」介護への適応と言える可能性すらあるように思えています。
監視より見守り
家族介護者が「介護うつ」になってしまうと、その後、介護殺人や心中につながる可能性が高くなる。だから、そこを早めに見極めて、診断につなげることが重要。
専門家によっては、そのような見方が「常識」になっているかもしれません。
ただ、こうした専門家と関わっている家族介護者は、まるで「監視」されているような気持ちになるので、なかなか素直に支援を受けられないかもしれませんし、もし、病院に行くことになり「うつ」と診断されたときは、まるで自分が介護者を失格したような気持ちになる可能性もあります。
でも、同じようでも、少し違う視点での支援もあり得るのではないでしょうか。
厳しい環境で介護を続ける人に対して、もちろん「抑うつ状態」が重く、希死念慮まで進んでしまった場合は、精神科の通院などをすすめるとしても、その際は「うつ」の可能性と怖さを伝え、その上で通院の時間ができるように介護環境の調節も行う。
そして、もし「うつ」の診断が下されたとしても、それでも介護を継続するという意志がある場合は、医師の診断を確認の上(もちろん介護の継続が危険な場合は、在宅介護からいかに離れるかを優先させるべきですが)、どうすれば介護負担や負担感が減少するのかをテーマに、ケアプランなどを考え直す。それは、介護を続けていれば、抑うつ状態が「正常」なくらいであり、その中で「うつ」になる可能性もある。そういうことを前提として支援をすると、それは、おそらくは「見守り」になるのではないか、と思うのですが、いかがでしょうか。
あまりにもシンプルすぎる分け方になっているかもしれませんが、やはり、支援であれば「監視」より「見守り」を目指してほしいとは勝手ながら思っています。
そうであれば、基本的には、正式名称ではない「介護うつ」という言葉は、「介護うつにならないように」といった恐怖心をあおることに使われがちでもあるし、本当に抑うつ状態がひどくなり、通院し、医師の診断で「うつ」となった場合は、「うつ」と表現し、そこに適応するような支援をすればいいだけの話ではないでしょうか。
ですので、個人的な思いかもしれませんが、「介護うつ」という言葉は必要ないように思いますが、どうでしょうか。
今回の記事には、さまざまな見方ができる考えられますので、もし、よろしかったら、ご意見などをコメント欄などで、お伝えいただければ、ありがたいと思います。
よろしくお願いいたします。
#介護相談 #臨床心理士 #介護者相談
#公認心理師 #家族介護者への心理的支援 #介護
#心理学 #介護相談 #通い介護
#仕事について語ろう
#家族介護者 #臨床心理学 #今できることを考える
#家族介護 #介護家族 #介護職 #専門家
#介護相談 #心理職 #支援職 #家族のための介護相談
#私の仕事 #介護への理解 #自己紹介
#専門家 #推薦図書