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図書館司書の短編小説紹介

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図書館司書として多く本を扱って来た中で、一人でも多くの方と楽しみや感動を共有したいと感じた短編小説を紹介しています。
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#少年

「鵠沼西海岸」阿部昭著

「鵠沼西海岸」阿部昭著

 書き手である男性が、三十年来住んだ鵠沼について記した一作。
 戦争は終わったものの、男性の家には「ひとつの不幸が居すわりつづけ」ていた。
 戦争神経症だろうか、正気を失った兄がいたのだ。
 夕暮れになると、この兄のうったえるような泣き声が、まだ少年だった男性の遊び場である路地にまで漏れてくるのだという。
 そのため、彼の家には誰も寄りつかなかったのだけれど、一人だけ例外があった。
 近所に住む少

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「胡桃割り」永井龍男著(講談社文芸文庫『朝霧・青電車その他』所収):図書館司書の短編小説紹介

「胡桃割り」永井龍男著(講談社文芸文庫『朝霧・青電車その他』所収):図書館司書の短編小説紹介

 初読は小学生高学年の時だったと思う。国語の授業でこの作品を読み、いい話だなと感じたのを覚えている。
 いつかの教科書に掲載された作品らしいのだけれど、調べてみたところ私の学校で使っていたものには載っていなかった。
 ということは、教師が特別に教材としてこの短編を読ませてくれたのだろう。
 確かに、いかにも教科書的な道徳も引き出せる内容であるし、文章も名文のお手本のように見事で、先へ先へと読ませる

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