センス・オブ・ワンダーが生まれた場所
小学生の頃、飽きることなく毎日のように訪れた遊び場所がふたつある。
ひとつは、深草西浦南公園。
もうひとつは、青少年科学センター。
どちらも家からは道を隔てたすぐ向こう、幼稚園児から小学校低学年のころにかけての僕にとっては、半径200mの中にある小さな世界だけれども、同時に冒険に満ちた大きな世界だった。
西浦南公園は、名神高速道路の脇にそって伸びる細長い公園で、四季の草木の中に小径が続いている。
公園の草木は虫たちにとっても居心地のいい住処なのか、蝶々、バッタ、カマキリ、蝉、とんぼ、カナブン、が季節ごとに顔を見せてくれるので、その虫たちを捕まえるために網と虫かごを手に、いつも走り回っていた。
虫かごいっぱいに捕らえてきた昆虫たちを、「逃がしてあげよう」と誘いかける母親に、涙ながらに抵抗しながらも、「日が暮れて虫たちがお家に帰れなくなるとかわいそうだからその前に放してあげようね。」との説得の言葉に、カゴの中の虫たちを少し誇らしげな気持ちでお家に帰してあげるのが、いつものお約束になっていた。
青少年科学センターは、その公園から高速道路を隔てた道向こうにあり、高架下をくぐるとセンターの立派な建物が見える。そこへは西浦南公園と同じくらい頻繁に訪れた。
センタ一に入るといつも同じ順番で見て回っていた。
何十回となく通ったはずだが、なぜか見て回る順番は同じ。
入場券売り場を過ぎて、まっ先に駆け寄る場所。それは恐竜のレプリカ。ティラノサウルスの実寸大の模型を眺めて過ごすのが始まりだった。
次は、磁石遊び。強力な電磁石と多数の鉄の棒がおいてあり、大きな磁石に右手を置いて、その右手の甲に左手で集めた鉄の棒を次々と投げる。そうすると、手の甲の上にどんどん鉄の棒がくっついていくのだ。
大きな波を作る装置や振り子で絵を描くコーナーなんかも飽きもせず何度も何度も遊んだ。
今思うとよくそんなに続けて飽きないなって思うほど、訪れるたびにそのお決まりの行動を繰り返していた。
でも、僕の本当の目的は別にあった。
それは、通称、ザリガニ池だ。
センターの裏にある出入り口から庭に出ると、そこにはリアルに作った自然の庭園があり、そこを流れる川と池にはザリガニやオタマジャクシ、アメンボ、ミズスマシ等が棲んでいた。
そこで、スルメイカとタコ糸でよくザリガニ釣りをした。
アメンボが空を飛ぶのを知ったのもそのザリガニ池でのことだ。
今思うと、センターの職員さんも寛大だったんだなって思う。
池の中を裸足でバシャバシャ歩いたり、展示物のザリガニを釣っても誰一人怒らなかったのだから。
幼稚園から小学生に上がるくらいまでは母親に連れられて行くことが多かったが、小学2年生になるころには、友達同士で出かけていた。
友達同士といっても一緒に行く友達のほとんどは女の子。その理由は思い出せないが、ひょっとしたら、男の子の友達を誘っても興味がなさそうだったからなのか、それともとっておきの場所だから教えたくなかったのか、今もって謎だ。
青少年科学センターにはプラネタリウムがあって、新しい友達と遊びに行くときはよく一緒に楽しんだ。
プラネタリウムは、入場料に100円足せば、見ることができた。入場料は確か50円。
今はどうなのかなって青少年科学センターのウェブサイトを見たら、小学生は入場料100円、プラネタリウムは今も変わらず100円。安い。
プラネタリウムで好きだったのは、だんだん日が暮れていき、星が空一面に広がっていく瞬間だった。
夕暮れから夜へと移り変わり、星が広がる瞬間をいつも見届けようと目を凝らすのだけど、気が付くといつの間にか満天の星に囲まれていた。
一通り季節の星座の説明が終わり、夜が明けていくときのアナウンスを聞くのも楽しみだった。
「そろそろ、夜明けが近づいてきました。星はだんだん見えなくなってきましたが、いつも空の向こうには同じだけの星々が存在しているのです。」とかなんとか、詳しい内容は覚えていないけど、そんな感じのことを伝える声を聞く頃には、なんだかほんとうに星の下で夜を明かしたような気分になれた。
毎週のように、違う女の子と二人っきりでプラネタリウムを楽しむ小学生。
あのときが人生で一番のモテ期だったのかもしれない。
そのモテ期が、10年ばかりあとに来てくれていればと思うのだが、その時には既に、なんの躊躇いもなく女性をプラネタリウムに誘えるという能力を失っていたのだから仕方がない。
小学生の高学年になる頃には、少しずつ異性を気にし始めて、青少年科学センターからもだんだん足が遠のいてしまったが、プラネタリウムで明かした夜とザリガニ池の濃い記憶は、それ以降の人生の価値観に大きな影響を及ぼし続けたようだ。
あの頃の記憶をたどると、いつも、レイチェル・カーソンさんの本、「センス・オブ・ワンダー」の一文を思い出す。
彼女の作品に描かれているような素敵な森や海はそこにはなかったけど、街の中の小さな箱庭のような自然でも、子供の想像力を掻き立てて、生涯消えることのないセンス・オブ・ワンダーを授けてくれるんだと、あの半径200mの中にある小さな世界が教えてくれたような気がする。