梶田昭『医学の歴史』講談社学術文庫
入院中に読んでました。
タイトルの通り医学の通史ですが、こんなに面白くていいの?と思っちゃうぐらい、医学が宗教・哲学的なまじない・祈祷から科学に変化している様が読み物としてよくまとめられております。治療や予防といった大きな目的を背景に、学問が人文科学から自然科学へ、そこからさらに社会科学へとも進展しようとしていくなど、「医学」そのものの変化を感じやすい一冊でもありました。
エピソードの書き方も読者が興味を持ちやすく、工夫をされている印象です。たとえば橋本宗吉による『阿蘭陀始制エレキテル究理原』(1811、エレキテルを使用した病気治療、動物実験等をまとめた書籍)の出版が大坂奉行所に阻止された当時、大塩平八郎が与力として働いていたことをわざわざ書いていたりします。
大塩が出版阻止に主体的に関わったというわけではないようにも見えるのですが、大塩平八郎の存在を書くことで「大坂奉行所」の存在がより立体的に見えてくる、テクニックを感じました。
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個人的に興味関心のある解剖学の分野では、何と言ってもヴェサリウスでしょう。古代ローマのガレノス以降、1000年以上にわたって停滞していた解剖学の「制度」を実証的な見地から批判し、学者自身が実際の解剖を行い、観察・研究を行う重要性を説いた解剖学者です(今では全く当たり前になっているようなことも、この当時は宗教勢力との兼ね合いなどもあり、できておりませんでした)。
本書では解剖学書『ファブリカ(人体の構造に関する七つの書)』(1543)の一部がティツィアーノによって描かれたという説が紹介されていたりします。どうやら「〜といわれている」という説で確定ではないようですが、ヴェサリウスと同郷であり、ティツィアーノ工房で修行をした画家のカルカル(Jan Steven van Calcar、1499- 1545以降)の関与は大きかったようです。
Wikipedia情報ですが、カルカルはティツィアーノの弟子として、ジョルジョーネやラファエロの模写にあたっていたようで、その正確さはヴァザーリ(ミケランジェロの弟子で、『芸術家列伝』の著者)からも絶賛されていたようです。画家としては主に肖像画を手掛けていたとのこと。
ルネサンス期のダ・ヴィンチ、ミケランジェロに始まり、特に近世絵画(バロック、ロココ)の発展において美術解剖学の存在はいうまでもなく重要です。その一方でダ・ヴィンチの解剖図譜が明らかになったのは20世紀以降だったり、芸術家たちの「研究」はあくまで自身の芸術に還元されていた印象もあります。しかし、カルカルの例は(確かならば)芸術家が医学の重要な貢献に関わった、重要なケースだと言えるかも知れません。
⚠画像閲覧注意⚠
カルカルの描いた解剖学に関する画像(16世紀木版画)を添付してます。
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ちなみに私自身は大学時代に医学史の授業を取っていたり、ちょっとした偶然で美術解剖学を勉強したり、また結構な病気を経験した患者という、当事者の立場でも実際の医療現場の一端を伺うことにもなってしまいましたが… 変な感じではありますが、医学って面白いなぁと思います。
そういうバックグラウンド(癖?)があるからこそ、この本が楽しめてしまった可能性ももちろんあります。ただインパクトがあったのは間違いなくて、再読はもちろんのこと、手持ちの医学史関係の類書なんかも改めて読み直さないといけないなと思っていたりします。