世界それ自体と同じくらいに【一二〇〇文字の短編小説 #16】
日曜日になったばかりの夜、わたしはトムとし終えたあと、裸のままでベッドに横たわっている。
トムとは恋人同士ではない。なんと言うか、それだけの関係だ。リリー・アレンのギグに一人で出かけた際、隣にいたのがトムで、どういうわけかわたしたちはリリーが「Not Fair」を歌っているあいだにキスを交わし、誘われるまま帰りにトムの家に寄って一夜をともにした。
それから、ずっとそういう関係が続いている。わたしはトムのことをほとんど知らないし、トムも同じだ。気が向いたときに、何かを埋めるように、ただひたすらにお互いを求め合う。
トムはシャワーを浴びている。わたしは最初気づかず、雨が降り出したのかと思った。雨は嫌いじゃない。特に大雨は、何もかも洗い流してくれる感覚がする。電気が消えたままの部屋では、それをしている最中のわたしたちの声をかき消すようにと、トムがつけたiPhoneから何か音楽がこぼれている。
わたしは目を閉じたまま、いつか読んだチェコ系フランス人の作家ハナ・ネドヴェドの『目隠しの季節たち』という短編集の一篇について思い出す。確か「石を真ん中に」というタイトルだった。作家の幼いころを思わせる十四歳の少女が、父が癌で亡くなった翌日、父との思い出の場所である近所の公園の砂場で黙々と山をつくり、その中にこぶしくらいの大きさの石を入れるだけの話だ。わたしにはその行為がとても神聖なものに思えた。
トムのiPhoneからわたしの好きな曲が流れてくる。キーンというバンドの「Everybody's Changing」だ。「みんな変わっていくだなんて、なぜだか僕にはわからないよ」という歌詞に胸を打たれながら、わたしは急に恋人のジェシーの声を聞きたくなる。ジェシーにはいとこの家に泊まりにいくと嘘をついて出かけてきた。
シャワーを浴び終えたトムが裸のまま、「Not Fair」を鼻歌で歌いながら近づいてくる。わたしはトムと決して慎ましいとは言えないキスをして、煙草に火をつける。ゆっくりと煙を吸い込むと、トムが言う。
「キーンなら『Somewhere Only We Know』のほうが好きだな」
「わたしも嫌いじゃないわ。壮大な曲よね」
「うん、コールドプレイの『Viva La Vida』と同じように」
「そう、ストーン・ローゼズの『This Is the One』と同じように」
「Everybody's Changing」が終わりに近づき、わたしはまた「石を真ん中に」に出てくる光景を思い出す。主人公の少女──わたしと同じハナという名前だった──は父親の影響からブリットポップが好きで、とりわけザ・スミスに入れ込んでいた。父親がなくなる数日前には「Panic」を聴きながら、朝方に思い立ったように「世界それ自体と同じくらいに」というタイトルの詩を書いている。「石を真ん中に」ではその詩がどんなものなのかは明かされないけれど、わたしはその題名に強く引きつけられた。
そしてわたしは誰もかれもの顔を思い浮かべながら、今の自分は世界それ自体と同じくらいに罪深いのだと思う。
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