『世界の端から、歩き出す』(ポプラ文庫ピュアフル)販促〜本当にあったホテルの「こわい」話・1
今回は2作目、『世界の端から、歩き出す』の販促。
以下より、ちょっとだけ試し読みできます。
冒頭部分で「ファンタジー?」とか「あやかし系?」とか思われる方が多いようですが、実はこの後はその要素はほぼありません(笑)。
物語の中で、主人公は京都のホテルに就職します。
そこで、「幽霊が出る部屋」の噂を耳にする。
(再度申し述べますが、オカルトとかホラー系の話では全然ないので、「怖い話ならやめとこう」というご心配は無用です。逆に、そっち系を期待して読まれるとがっかりさせてしまうかも)
実は自分も、初めて就職したのはホテルでした。
そしてこれは真顔で言いますが、開業してからある程度長い年数の経つホテルには、どこもほぼ確実に、「あの部屋はおかしい」という話がございます。
そんな訳で今日は物語にちなんで、ちょっとした「ホテルの怪談」をご披露。
ホテルで病気ではなく亡くなられる人、て本当にいるのですよね。
何故他のどこでもない、ホテルを選んでしまうのだろう、というのは本当に不思議なことですが。
そして何故か、本当に何故なのか、それが同じ部屋に集中したりもする。
何故か角部屋に集中する、という話もあります。これはまあ多分、「隣部屋」がひとつでも少ない方が、発覚が遅れるだろうという発想なのかと想像されるのですが。
でも角部屋って当然、各フロアにあるものなのに、何故か特定の部屋に集中したりもして。
景色なのか? でも高層階の1フロア差くらいならそれ程の違いはないと思うのに、何故か特定のフロアの特定の部屋に。なんなんでしょうかこういうのは。
自分は幸い、働いていた期間にそういう事態に遭遇したことはなく。
が、昔の上司の女性は、そういう経験をなさったことがあるとか。
更に、彼女が前に働いていた別のホテルでの男性上司の方も。
その、男性上司の方のお話。
そもそも自分がその女性上司の下で働いていたのはもう相当昔の話で、彼女は自分よりそこそこ年上。
そんな人の更に上司の方の昔の話なので、もうバリバリに昭和の話であることをご留意の上お読みください。
とある部屋で、お客さんが首を吊って亡くなりました。
ゲストが部屋で亡くなると、まず救急車と警察を呼びます。
部屋のドアをストッパーで開けて、ひと通り確認の上、ご家族に連絡。
ご遺体は一度警察に行き、その際に荷物なども全部渡します(ここで事件性があればゴタゴタするのでしょうが、この時はもう確実に自殺だと判る状況だったそう)。
その後、お坊さんを呼んでお経をあげていただく。
そしてお掃除。
さて、その晩。
ここはホテルによって違いがあるでしょうが、そのホテルには「ナイトマネージャー」という役職がありました。その名の通り、「夜に何かあった時対応する偉い人」。
毎日毎日、各部署の偉いさんが持ち回りで担当で、どこかの空き部屋に泊まります。
ゲストが部屋で亡くなられると、その日のナイトマネージャーはその部屋に泊まる。
それがそのホテルの決まりでした。
該当の部屋にお客さんが泊まり、万一それを知ってしまって「なんでこんな部屋に入れた」とクレームが入った場合に、「既にホテルの者が泊まっております、何もありません、大丈夫です」と答える為です。
その日の担当は、その男性上司でした。
実のところ、ホテルでそういう問題が発生するのはこれが初めてではなかったその上司さん、さすがに該当の部屋に泊まるのは初めてだったそうですが、それ程の動揺もなく眠りにつきます。
丑三つ時。
はた、と目が覚めた。
カーテンの隙間から、月明かりなのか、外からうっすらと光が部屋にさしこんでいます。
何となくその光を目で追うと、部屋の扉がある角に、何かぼんやりと黒いものが照らし出されているのが見えてくる。
固唾を飲んで目をこらして見ると、それは、靴。
靴がきちんと揃えられて、隅に置かれていたのです。
「 背筋が総毛立って、そこから目が離せないまま朝まで一睡もできなかった 」と。
どうも、発見から部屋清掃までの一連の流れの中、ドアがずっとストッパーで開け放されていた為に、その位置が死角になって誰も気づかなかったらしく……。
もう本当に純粋に事実しかない話で怪談でも何でもないんですが、想像するととても怖い。
ひっそりと、けれどきちんと並べられた靴。
ちなみにその男性上司さん、一度部屋ですんでのところだったお客さんを助けたことがあるそうです。「隣から音がする」的な連絡で行ってみたところ、もう危ない状況だったのを救急車を呼んで何とか間に合わせたそうで。
ご家族の方が何度もお礼言って連れ帰られたそうですが、一年後の同じ日、同じ部屋で、今度は本当に亡くなられてしまったのだとか。
その時にはその人は別部署に異動した後だったので、泊まられたことも知らなくて、「せっかく一度は助かったのに」と大変落胆されたそうです。
何かね、あったのでしょうねえ。どうしてもその日で、どうしてもその部屋でなければならない。
そうなってしまったゲストの方も、止められなかった上司の方も、どちらの心情も思えば大変切ないことです。
むう、「怪談」のつもりが、オカルト色ゼロのままに終わってしまいました。
次はもう少し、オカルトモードに寄せてみます。
もう夏ですからね。