【短編】最高のナニー!
いつもより大分長いです。部屋を明るくしてなるべく大きな画面でご覧ください(またアニメみたいになっちゃった)。
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広く澄みきった青い空から、赤い和傘を差した小柄な若い女性が舞い降りてきた。
軽やかに砂浜に着地し、山吹色の着物と深緑の袴をぱしぱしとはたくと、足元で驚く親指ほどの小人たちに跪いた。
柔らかく微笑み、彼らの言語を流ちょうに話す。
「はじめまして。私、ナニー・トキコです。王子のお世話役に参りました。」
土埃のような木綿の服を着た小人たちはあんぐりと口を開けたまま、あわてて宮殿へ案内した。
まさか、外の世界の人間はこれほどまでに巨大だったのかと恐れる気持ちでいっぱいだった。
きらきらした海から少し離れたジャングルに、この島で一番大きな広葉樹がある。
王族はこの樹の中にリスのような部屋をつくり、そこで暮らしていると平民の小人は言った。トキコは海や原生林の厳かな香りを吸い込み、満足のため息をついた。
黄金の葉でできた玉座に座り、ナニーの登場を心待ちにしていた若き王と妃は、見たこともない服に包まれたエキゾチックな巨人の女性にたじろいだ。
「いや、まま、ようこそマメマメハ島へ。し、失礼だが、あなたはメリーポピンズではないですよね?わが父マメマメハ前王が話していたのを思い出して、彼女を息子のナニーにとお呼びしたはずですが・・・」
高い樹の玉座と目を合わせて、トキコは堂々と微笑んだ。
「おっしゃる通りです。私はメリーポピンズの弟子、ナニートキコですわ。師は今、ファラオのお嬢様のお目付け役をされてますの。それが終わったら、ハプスブルク家の赤ちゃんの子守り、その次は・・・何だったかしら。とにかく、マメマメハ様のご依頼は光栄なことだのに、直接行けずに申し訳ないとおっしゃっていましたわ。でもご安心くださいませ。私こう見えても、弟子の中では最もベテランなのです。」
トキコは一息に喋り続けた。気も小さいマメマメハ人は圧倒されてしまう。
しかし、玉座の後ろに隠れていたさらに小さな王子は、金髪の巻き毛をふるわせてトキコの前に立った。彼の背はトキコの薄い唇の半分くらいだ。
「ふん、だからぼくは嫌だって言ったんだ!ナニーなんかいらないよ、しかもこんな大きいやつ!メリーポピンズなんて、どうせ本の中だけの話だし、僕たちをだまそうとしてきたに決まってるよ!」
妃はあわてて王子の口を抑えつけたが、トキコは微笑んだままそれを制した。
「あら、はじめまして王子様。その通り、メリーポピンズはおとぎ話の住人よ。でも、ファンタジーとリアルの違いを誰が明確にご存じかしら?誰だっておとぎの国の住人になれるのよ。その気さえあればね」
「じゃあ、その証拠を見せてよ。メリーポピンズは、魔法だって使えたよ」
「いいわ」
トキコはレースの手袋をした手を両手でぎゅっと握って離すと、開いた手の中に、マメマメハ人よりさらに小さな小人と、フランスの田舎のようなのどかで広大な自然が現れた。まるでジオラマのようだった。
王子や王、妃や周囲のマメマメハ人たちは初めて見るミニチュアサイズの精巧な世界に息をのんだ。
「あら、お気に召さなかったかしら?じゃあ次はこっち」
トキコは再び両手を握ると、王子の目をじっと見つめた。王子の心臓はどきんと脈打つ。開いてごらんとトキコがささやき、おそるおそる小花のような両手を広げると、嬉しそうに叫んだ。
「パパ、ママ!ぼくの手の中に、アラビアンナイトがある!」
マメマメハ中が大騒ぎになった。さらに小さなアラブの王宮とその下町のジオラマは、ジャスミンの香りが漂ってくるようだった。
王子は変わらず微笑むトキコのさっきの優しい視線を思い出し、小さな胸は甘くときめいた。
その日から、トキコは王子の世話役兼国中の人気者となった。
散歩に出かければ島中の動植物たちとおしゃべりをし、王のすすめで島民にミニチュアのものものの作り方講座を開き、王子にはこれまで旅した世界中の物語を話した。
料理も洗濯も、なにもかもパーフェクトなナニーだった。
王子はいつものように楽しい気持ちで綿花のベッドに入ると、何気なくトキコに聞いた。
「あなたは、どうして魔法が使えるの?僕にも、いつかできるかな……」
「どうしてかしらね。私は先の大戦で全てを失って、メリーポピンズに救われたから……。でもね、人によって使える魔法って決まっているのよ。私はたいていの言葉がわかるのと、人形作りが得意ってだけ。マメマメハ王子、あなたはどんな魔法をやってみたい?」
「僕は……この国がピンチだから、パパの役に立てるような、何か。無人島だと思われていたここに、恐ろしい外国人が襲ってくるかもしれないんだ。それで、パパたちは迎え撃つ準備で忙しいんだ。だから、ナニーをお願いしたんだと思う。けど、僕は」
「もう子供じゃないって?」
王子ははっと顔を上げた。
「あなただからできること、マメマメハ人だから役に立てること、たくさんあるわ。それに気づけたらもう大人よ。だって、私にはあなたのようなジオラマは作れない」
トキコはどんぐりを切って作られたテーブルの上の海を指した。
王子が島中の植物や土を集めて作った、荒く匂い立つような美しい愛のこもったマメマメハ島だった。マメマメハ人全員と、トキコの人形もいる。
「迎え撃つ必要なんて、ないのよ。手先が器用で優しいマメマメハ人は、きっと世界中から好かれる存在になる。王子様、あなたはもう魔法が使えるはずよ」
ぼくにできること。
王子はトキコの言葉をかみしめた。未来が急に明るく開けた感じがした。
しかし、トキコがもう寝ましょうとふわふわの布団を王子にかけると、彼は不安になった。ナニーが明日にでも旅立ってしまうような気がしたからだ。
「ナニートキコはさ、僕の次はだれのお世話をしに行くの?」
トキコは嬉しそうににっこり笑った。
「ナニーは引退。日本に帰って、ダーリンと結婚する約束をしているの。それでね」
紫のカキツバタの花模様が描かれた着物のお腹を指さした。
「ただひとりのナニーになるの」
次の日。まだ冷たい朝の風の中、トキコは赤い和傘を持って海辺に立っていた。
名前を呼ぶ声がして振り向くと、小さな王子が寝間着のままジオラマが乗ったどんぐりを持って走ってくるのが見えた。
「ナニートキコ!行ってしまうなら、これを持って行ってよ!マメマメハのこと、ぼくのこと、一生忘れちゃだめだよ!
ぼくはいつか王になる!王になって、世界中にミニチュアの技術を伝えるんだ!ぜんぶぜんぶ教えてくれたのは、ナニートキコなんだよ!だから、行かないでよ……それで、ぼくの、お嫁さんになってよ~」
ジオラマを持ったまま泣き崩れる王子に、トキコは少し笑ってハンカチを出した。
「マメマメハ王子、ありがとう。ナニーは最後に、幸せな思い出をつくることが出来たわ」
そして、小指ほどのジオラマを受け取ると、「交換」と言って王子の手元に世界中の人がにぎわうかわいらしいマメマメハ島を残した。
「いつか、ジオラマギャラリーでも開くわ!そうしたら日本に遊びに来てね!」
そう叫び、和傘を差して青い空へと吸い込まれるように消えていった。
王子は涙を拭き、ジオラマを握りながら高い高い空をいつまでも見つめていた。
「ありがとう、ナニートキコ……」
「王、王。もうすぐ着きますよ」
マメマメハ王ははっと目を覚ました。ここは超小型プライベートジェット<WAGASA>の中。
今やマメマメハ人といえば、ミニチュアサイズのありとあらゆるもの(精巧なネジ、飛行機の部品、楽器の一部、飴細工、豆本など)をすべて手作業で製作できてしまう器用で穏やかな民族として、世界中から守られている。
今日もアメリカのヴァイオリン職人の工房で打ち合わせをして、そのまま日本へ行く予定だ。
ナニートキコ。魔法を教えてくれた恩人。駐日大使が探し当ててくれたおかげで、あの時以来初めて会いに行ける。
そういえば、彼女に恋をしていた時もあったっけ。
王は一人苦笑した。
青い空から小さな赤い飛行機がゆるやかに降りてくる。
ギャラリーの看板を持った小柄な老女、トキコは急いで窓を開け、あの頃と同じように微笑みながら両手を空にかざした。
Fin
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ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
素敵な画像をお借りしました。
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