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【短編】Flowers & Cute

  始業式が終わってお昼ご飯を食べるのもそこそこに、私は青い自転車にまたがりかすみ叔母さんのお店に向かった。だって、今日は叔母さんに絶対話したいことがあったから。

 畑と緑と高い空が広がる小さな田舎道を、ちょろちょろと流れる小川に沿って走ること一五分。メルヘンチックでこぢんまりした白樺の小屋の前に、自転車を停めた。私はぼさぼさになった短い髪をなでつけ、デニムのズボンとグレーのトレーナーをなんとなくはたくと、ガーベラの形をしたドアノブをゆっくりと開けた。


 「いらっしゃい、さくらちゃん!」


 叔母さんはいつものように、細い両腕を上げた。おばさーんと私は叫びながら、大量の華やかな洋服の間をくぐりぬけて声のする奥のレジカウンターまで駆けた。


 「来ると思っていたわよ。松本さくら様、新五年生おめでとう」
 叔母さんは、にこにことピンクの包みをくれた。ありがとうと言いながら開けると、柔らかいピンクの地にオレンジのバラが刺繍されたシュシュだった。
 「ボーイッシュなさくらちゃんも大好きだけど、実はかわいいものも好きでしょう?ここ花柄雑貨専門店ではどんな方にも似合う花柄を取り揃えております、なんちゃって。ごめん、怒った?」


 叔母さんは、下を向いた私の顔を覗き込んだ。真っ白な肌、さらさらのロングヘア。白いカスミソウの刺繍が襟についた紺色のロングワンピースを着た叔母さんは、映画女優のようで、私は鏡に映る自分を想像して気持ちがしぼんでいく。


 「ううん。でも、私ショートだからシュシュはつけられないよ。」
 「ええっ!やだ、ごめんねぇ。取り替えようか」
 いいよ、ありがとうと私は笑った。ピンクオレンジのシュシュは包みにしまった。


 「叔母さんは、花柄が好きで、嫌な思いしたことないの?」
 つるが絡まった椅子に腰かけて、髪飾りのカタログをめくる叔母さんに聞いた。
 「あるよ、いっぱい。小中の頃は全身花柄だったから、気持ち悪いってよく言われてたし。このお店始めるときは、もう家族は諦めていたけど」


 その優しい笑顔を見ると、私は、なぜだかいつも心を許してしまうのだ。
 「おばさん、今日ね、転校生の子が来たんだ」
 私は、少しずつ話すことにした。


 「月島野乃花っていうんだけど、裾にピンクのバラの刺繍がついた水色のフリフリのワンピースを着ていて。で、太っていて、顔もあんまりかわいくないの。私、一瞬やばいなと思っちゃった。だって、同じクラスのナナコたち、ブスが花柄とかきもいって陰でいうから。思った通り、休み時間に月島野乃花を見下ろして、恥ずかしくない?ってバカにした。そしたら、あの子はなにが?って微笑んだの。かわいいでしょ、ナナコちゃんの服もかっこいいねって言って。月島野乃花は堂々として、すごい子なんだ。一日でナナコたちと打ち解けて、野乃花の服ってどこで買ってんのなんて話しててさ。私、なんだと思っちゃった。だって、私なんかが花柄とか持っていたら陰口を言われると思って、そんなもの興味ないなんてふりをずっとしていたのにね」


 言葉と区切ると、叔母さんは私の手を両手で包んだ。
 「さくらちゃんは、花柄が似合うよ」
 私は叔母さんの茶色の澄んだ目を見つめた。
 自分の好きな物をかき集めた店を開いた叔母さん。彼女が親戚から変わり者と呼ばれていたその横で、私はかすみ叔母さんが着ているミモザのブラウスを一目見て好きだと感じたことを思い出した。


 「叔母さん、私ね。やっぱりこういうの好き。」
 私は、包みからピンクオレンジのシュシュを取り出して、手首に着けた。白いレースがくすぐったい。
 「なんかちょっと照れるね。どう?」
 かすみ叔母さんは眩しそうに目を細めて、親指をぐっと突き出した。
 「最高!」

 その後、大量の商品の仕分けを手伝っていたら夕方の四時半をまわっていた。
 ドアを開けると、月島野乃花がちょうど店の前を通りかかるところだった。
 「月島さん?」
 つい呼び止めると、月島野乃花はぼんやりとした小さな目をこちらに向けた。少し戸惑っているようだったので、私は慌てて自己紹介をした。
 「あぁ!同じクラスの。へえ、ここがお家なの?」
 「いや、ここは叔母の家。花柄雑貨専門店っていうの」
 「すごくかわいいね!絶対寄りたいけど、おつかいで早く帰らないと…あ、それ綺麗」
 月島野乃花は、私の手首を指さした。
 「ありがとう。実は、こういうのつけるのずっと遠慮していたんだ。でも、月島さんが今日堂々としているの見て、ちょっと勇気が出たっていうか…」
 そう言いかけると、月島野乃花は泣き出しそうな顔で叫んだ。
 「私もなの!前の学校じゃこんな格好できなくて、でも諦められなくて。でもよかった、同じような子がいて!ねえ、友達になろうよ」
 驚いた。まさか、月島野乃花も、不安な気持ちを持っていたなんて。
 彼女と別れた後、青い自転車を押しながら、私は夕日にシュシュをかざした。自分の事が好きになれたみたいで、なんだか嬉しかった。

Fin

素敵な画像をお借りしました。ありがとうございます。

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