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【はがきサイズの短編】発車メロディはさわやかな風とともに テーマ:ただ者

      限界だった。

   深夜22時まで残業は当たり前、有給を使いたい言ったら苦い顔、質問してもちゃんと答えてくれない。新卒で入った会社は、一年も続かなかった。

   ぽかぽかした昼下がりの電車にぼんやり乗り込む。ハゲ上司の最後の言葉が、あたしの脳内をぐるぐるまわる。

「あー、はいはい。おつかれさん。次は続くといいね。」

   くそが!結局あたしは使い捨てで、どうでもいい存在だったんだとわかったら泣きたくなった。

   やりきれない悔しさを抱えて、あたしは窓側のボックス席に座った。

   陽光のベールがかかり、密集した家々やこんもり茂る小さな林、人が少ない穏やかな街が流れていくのを眺める。

   ゆっくりと電車が止まった。

   ホームを越えたフェンスの向こうに、小さな男の子がきらきらした目で、明らかに電車を見つめていた。お母さんは、足元でその子の靴紐を結んでいた。

   この子、電車を見て感動しているんだ、と思ったらどきりとした。

   その次の駅で停車すると、大学生風の男の人がカメラを持って口を開けて電車に見とれてた。

   それを見た瞬間、何か大事なものを掴んだ気がして、思わずホームに降り立った。走って駅の階段を登る。

   今日、2人も電車に見とれる人を見た。

   今までただの乗り物と思っていたけど、もしかして電車ってすごいんじゃない?

   そう思ったら、全てのものがすごく思えてきたのだ。

   エスカレーター、アスファルト、光、音楽、蜘蛛の巣、看板、階段、椅子、店員、水、言葉。全部、只者じゃない。在ること自体、すごいことだ。

   もしかして、そんな世界にいるあたしだって、どうでもいいものじゃないかもしれない。

   静かな駅の広場で立ち止まる。あたしの胸は、まだどきどきしていた。

   これから、どうしようか。あたしは、すごいなんてふわふわしたものを直感しただけだ。

   それでも、今は上司の言葉なんてもう怖くない。とは言えないかもしれないけど、あたしの心の中はあたたかな光に満ちていた。

   ふと気配を感じて振り返ると、次の電車が近づく音が聞こえた。




こんにちは!高木梢です。

今回のテーマは「只者」です。

シット!貴様、只者じゃねえな?名を名乗れ!みたいな使い方をするそうです。

あ、もちろん、ここまで読んでくださったみなさまは只者じゃないです。
(これって褒め言葉なのかな…)

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。素敵な画像をお借りしました。

ハッピーな一日を過ごせますように!

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