いつももこもこもこもこちゃん
「この子、いつももこもこもこもこちゃん」
そう紹介されたのは1月下旬、上下真っ白もこもこ長袖長ズボンの彼、この子って言っても男ではあったが、冬だしまぁ部屋着みたいな格好でこそあるがとくだん気にならなかった、というわけにはいかなかった。
こちらが戸惑っている間にすぐ会議が始まった。
もちろんスーツの十数人の中に上下白もこもこはさすがに変でしかなく、ただ自分以外は誰も気にしてる様子はなくて会議は滞りなく終わった。
退社時だってもちろん、もちろんなのか?着替えることなくもこもこのまま「お疲れ様でした」と去っていく。
彼にとってもこもこがフォーマルな服装でないことが決定する。
正直ごめんなさいとは思いつつ、帰り道をつけていったことがある。
ドラッグストアに立ち寄って数分でトイレットペーパーとティッシュを両手に抱えて出てきて笑ってしまう。
白すぎて。
そういえば彼はカバンらしきものを何一つ持っていないことにも気付く。
白を基調とした生活を送っているのかもしれない。
しかしそれはものの5分で一蹴された。
たこ焼きを買って帰っていた。
食べながら。
食べにくそうに、食べながら。
爪楊枝でたこ焼きを刺すときも小指らへんに引っ掛けているであろう5箱ティッシュがついてくる。
決して器用に慣れた手つきでというわけではなく、その証拠にそれ見たことか、たこ焼きを完全に落として、白もこもこのヘソあたりがソースで汚れた。
「あ!」
と気持ちが声に出てしまい、振り返られたが広場の噴水の水歪みに隠れることで回避した。
そろそろいいかなと恐る恐る水歪みから顔を覗かせると、彼は地面に片膝をついて買ったばかりのティッシュのビニールをビリッビリに破いているところだった。
アメリカのクリスマスみたいに、1秒でも早く開封しようとしている。
そしてティッシュをシャッシャッシャッシャッと取り、4秒固まったあと、グッとティッシュボックスに手を突っ込んでかたまりを抜き出し、ギョッとこちらを振り返り、ズンズン大股でこっちに歩いてきた!
バレた!
水歪みに身を細くしてどう言い訳をしようか考えるも、いっこうに彼は現れない。
また恐る恐る覗くと、ティッシュのかたまりを噴水の貯水にしゅましているのが見えた。
そして優しくトントントントンとヘソ部分のソース汚れを抜こうとしていた。
片手をもこもこスウェットの下から入れてエイリアンのようにビーンと伸ばして、もう片方の手で濡れティッシュ爆弾でトントントントン…
私は何か声をかけようかともよぎったが、やはりやめて引き返した。
次の日から、彼が会社に来ることはなかった。
心にポッカリ穴が空いた感覚になった。
あれから1年半が経ち、お昼のバスの窓側席でボーッと外を眺めていると、横断歩道の手前で茶色いもこもこ上下の彼が信号待ちしていた。
手にはたこ焼きを持っている。
たこ焼きだけを持ってまっすぐ前を見ている。
8月上旬の、記録的猛暑日だった。
(いつももこもこもこもこちゃーん!)
手を振ってみた。
気付かれなかった。