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【チャイニーズファンタジー】中国の怖くない怪異小説 第3話「身代わり観音」
身代わり観音
元魏(げんぎ)の天平年間のこと、定州(河北省)に、
孫敬徳(そんけいとく)という、信心深い男がいました。
北方の辺境で守りについていた時、観音様の像を一体彫りました。
兵役が終わると、観音像を持ち帰り、いつも大切に拝んでいました。
ある時、盗賊から「こいつも仲間だ」と偽証されて、
牢屋に入れられてしまいました。
厳しい拷問に耐えられず、無実でありながら罪を認めてしまい、
ついに死刑が宣告されました。
明朝はいよいよ処刑というその前夜、孫敬徳は祈りを捧げて、
こう念じました。
「いま冤罪を被ったのは、きっと前世で人様に悪いことをした報い
にちがいありません。来世は決して同じ間違いはいたしません。
この世の一切の衆生の災厄はわたしが一身にお受けいたします」
そう念じ終わると、夢うつつの中で、一人の僧侶が枕元に現れました。
僧侶は、孫敬徳にあるお経を読み聞かせ、
「この経文を千遍唱えれば、災難から救われよう」
と告げて、姿を消しました。
夜中にハッと目を覚ました孫敬徳は、さっそく経文を唱えはじめ、
一語たりとも読み誤ることがありませんでした。
暗闇の中、一心に唱え続け、夜が明けた時、ようやく百遍になりました。
町中を見せしめに引き回される間も、ずっと休むことなく経文を唱え続け、いざ首切り役人が刀を振り上げた時、ちょうど千遍に達しました。
「えいっ!」
と首切り役人が刀を振り下ろした瞬間、なんと刀は三つに折れて飛び散り、孫敬徳は、かすり傷一つ負いませんでした。
首切り役人は、三度刀を取り替えて処刑しようとしましたが、同じように
刀が折れて飛んでしまいました。
刑場の監督官が、事の次第を上奏すると、天子は、
「かような奇跡が起きたのは、この男が立派な人間だからにちがいない」
と言って、孫敬徳に特赦を下しました。
こうして、孫敬徳は、無罪放免となって、家に帰りました。
さっそく仏様に御礼をしようと、自分が彫った観音像を取り出してみると、像の首に三箇所の刀傷がありました。
同郷の人々は、このことを知って、観音様のありがたさを思い知りました。
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【出典】
隋『旌異記』
【解説】
元魏は、北方異民族の王朝、拓跋魏(たくばつぎ)のことです。鮮卑(せんぴ)族の拓跋氏によって建てられ、後に氏を元と改めたので元魏といいます。北朝の国々では、仏教が広く信奉されていました。
孫敬徳が唱えたのは「高王観世音経(こうおうかんぜおんきょう)」という経文です。中国で成立した偽経(サンスクリット原本やチベット大蔵経にない経典)の一つです。
この物語は、仏教を熱心に信仰したため、観音様によって命を救われたという話です。仏教説話には、人々に帰依させる方法が二種類あります。
一つは、「趙泰の冥土めぐり」の話のように、地獄の恐ろしさを伝えて、その恐ろしさを免れるために仏教に帰依せよ、と説くものです。
もう一つは、この「身代わり観音」の話のように、仏を信じることによって、ありがたい御利益を得ることができる、と説くものです。