花音

ご覧いただきまして有り難うございます。 長年の心理学研究と自己探求によって会得してきた自分自身の真実をシェアさせていただきます。どうぞ宜しくお願い致します。

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最近の記事

劣っている「私」

優越感と劣等感、上から目線、下から目線について考察してみます。 「私」の方が優位に立っていると判断しているのが優越感です。 「私」の方が上だと思っている状態。 「私」の方が劣っていると判断しているのが劣等感です。 「私」の方が下だと思っている状態。 判断するには何らかの物差しが必要ですし、上か下かと判断するには比較する対象も必要になってきます。 つまり何らかの《物差し》によって、誰かと「私」を比較して、どちらが上か下かと判断している状態です。 《物差し》によっては優

    • 居場所のない「私」

      私には居場所がない! こんな風に疎外感を感じる時があります。 そもそも≪居場所≫がないってどういうことでしょうか? ここで言う≪居場所≫には含みがあります。 ここでは必要とされていない! ここでは役に立てない! ここでは受け入れられていない! つまり、≪居場所≫がないと感じる何らかの理由があるわけです。 必要とされなければいけない! 役に立たなければいけない! 受け入れられなければいけない! ここにいるためには何らかの条件があることになります。 そしてその条件は受け

      • 損をしている「私」

        損得勘定、損と得の物差しについて考察してみたいと思います。 「隣が倉を立てるとこちらは腹が立つ」という言葉があります。 あるいは、身近な誰かが得をすると何故か自分は損をしたと感じる時があります。 何故でしょうか? 欠乏の思考がむくむくと頭をもたげます。 お隣さんはそれを得ているのに自分はそれを得ていない。 得るはずのものが得られなかった! 架空の得るを想定して、それを得ていない状態を損と認識する「私」 正体は損ではなく「私」の欠乏の思考です。 損も得も「私」の内的世

        • 追いかける「私」

          以前書いた期待のループの具体例を考察してみたいと思います。 なかなか仲良くなれない(と感じる)人がいます。 皆が≪その人≫と親しそうに話しているのを見ると羨ましくて自分もそんな風に親し くなりたいと思う。 仲良くなりたい! 親しく話したい! 距離を縮めたい! そんな欲求が湧いてくるのに素直に表現出来ない時があります。 そうなると追いかける側に「私」を設定してしまいます。 何故でしょうか? 仲良くない! 親しくない! 距離がある! 二人の関係性をそう設定しているから

          ブーメランで遊ぶ「私」

          ~自作自演~ 人生劇場の主役は常に『私』です。 「いえいえ~私なんか主役どころか脇役ばっかり。人の影になり、家族の犠牲にな り、世間からは遠ざかって・・・輝いて生きている人が羨ましい。」 たとえそうだとしても主役に変わりありません。 どんな役どころを生きていようと「私」が人生の主役の座を手放すことはあり得ませ ん。 さて、今回のテーマはブーメランでしたね。 誰かが言った一言で「私」がこう思ったとします。 ここでは敢えてネガティブな状況を扱います。 「バカにされた」 「軽

          ブーメランで遊ぶ「私」

          悲劇のヒロインの「私」

          女性は好きですよね。悲劇のヒロイン。 男性はヒロイズムが好きな傾向がありますが女性は悲劇のヒロインに浸るのが大好きです。 これは根深い複合的な観念によって支えられているので簡単には自覚できませんが考察してみましょう。 そもそも何故悲劇のヒロインを演じるかというと、逃避なのです。 まずは逃避したい状況(勿論それも自分で設定しています)があります。 立ち向かうのが困難だと感じる状況があるとしたら逃げたくなりますよね。 その時に「悲劇のヒロイン」という役どころを使うのです。 悲劇

          悲劇のヒロインの「私」

          絶望している「私」

          ~期待は100%裏切られる~ そうは言っても期待通りのこともあるのではないでしょうか? そう思ってしまいますよね。 期待について考察してみたいと思います。 そもそも期待はどこから生まれるのでしょうか? 何故期待するのでしょうか? こうなって欲しい! こうして欲しい! こうだったらいいのに! よくこんな風に夢想しませんか? これが期待です。 実はこれには前提があるのです。 【こうなっていない】 そうなのです。 強烈な欠乏感が期待の裏返し。 期待するということは、 こ

          絶望している「私」