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『鬼滅の刃』ティーセットを落とさないメイド

刀鍛冶の里編の最終話、見所はたくさんあったけど無惨様に殺されるメイドが地味に印象に残った。運んできたティーセットを最期まで落とさない、というのが。(非難ではなく良かったよって話ですからね)

隣にいた奥様の首が飛んでも、仕えていた坊ちゃんが鬼だったと分かり恐怖で震えても、両手はトレーを持ち続け、食器が倒れることもない。
単に"恐怖のあまり硬直し身動きが取れない"のであれば、"顔も硬直しまともに言葉も発せられない"という表現になるのが普通だ。でもこのメイドは首から上は狼狽をそのまま表出するように忙しなく動き、何度も「人殺し―!化け物ー!」と叫ぶ。ここに異様さがある。

教え込まれた所作や立ち居振る舞いが骨の髄まで染み込んでいるから、どれだけ狼狽えようとも身体には"メイドたるものトレーは何があっても落とすな、食器を割るな"という信号が送られ、意識せずともバランスは保たれ続ける。自分にはそういう表現に見えた。(こう書くと調教系ホラーだな)

顔は恐怖で歪むけど、身体はメイドとしてあり続けようとする。"坊ちゃんへ届けよ"という信号に阻まれ、坊ちゃんが鬼だと分かっても離れることもままならない。ティーセットの発する神経質な音も相まって、メイドの内部で起こる感情と習性の拮抗が、このシーンの緊張感と恐怖をより高めていたと思う。

これが現代劇だったら恐怖のあまり落としてしまったり、鬼に投げつけ抵抗したりと、きっとその方が自然に感じると思う。
大正という時代の、自分と職業がイコールで繋がるほど強固に結びついた職業人たちの"凄み"のようなものを感じてウワーっと妙に感動してしまった。

この数話前には刀研ぎに集中するあまり背後に迫る鬼にも気づかない刀鍛冶のシーンもあった。
攻撃されても気づくこともなく研ぎ続ける刀鍛冶の凄みと、自分自身が斬られてもそれでもティーセットを落とさないメイドのそれが重なる。

今回は刀鍛冶の里が舞台なだけあって、鬼殺隊だけではない職業人達のプロ意識や覚悟などを感じるシーンが多かった。鬼殺隊みたいな特殊な人達ではなく普通の職人やメイドだからこそ"時代精神"みたいなものが強く印象に残ったんだと思う。

メイドは両腕を斬り落とされ、ティーセットはついに落ちる。落ちて尚、メイドの手はトレーに固く繋がれている。何というか、すごく象徴的な描写だなと思った。矜持、狂気、切なさ、強さ…いろんなものが押し寄せてくる。

無惨様、奥様は首を飛ばして一瞬で済ませたのにメイドはわざわざ両腕を落として、その腕を踏みつけ部屋を出ていく。こんな描き分けをするのはやっぱりここに意味を持たせてるんだろうと思える。


時透くんや甘露寺さんをスルーして一瞬出てくるモブのことどんだけ思うんだ私は。

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