第7夜 北書店「北酒場」の思い出 パク・ミンギュさんと新潟
新潟市役所本庁舎に用事ができると、「帰りに北書店に寄ろう」と考える。そして次の瞬間、「あ、もうないんだ…」と思う。8月末まで市役所向かいのビルに店を構えていた「北書店」。閉店の背景に店主、佐藤雄一さんの健康問題があると聞けば、仕方がないのだけれど、新潟の本好きにとっては心安らぐ小さな港のような店だった。
学校の図書館を思わせる木製の書棚。佐藤さんによる個性的な品ぞろえが魅力で、入り口近くには新潟関係の書籍コーナーがあった。詩人の谷川俊太郎さんをはじめ、多彩なゲストを招いてのイベントが名物で、懇親会がしばしば、店内で行われた。通称「北酒場」。書棚に並ぶ本の著者が隣に座り、プラスチックのカップで新潟の地酒を飲んでいるのは、不思議な感覚だった。
印象に残っているのは2018年11月、「カステラ」などで知られる韓国人作家、パク・ミンギュさんを招いてのトークと北酒場だ。パクさんの小説を訳した翻訳家の斎藤真理子さん、吉原育子さんがともに新潟市出身という縁で、実現した。パクさんは新潟市と交流協定を結ぶ蔚山(ウルサン)市出身。黒いサングラスのマッチョな風貌とは対照的に、こまやかでサービス精神旺盛な人だった。
「新潟の人に会ったら、ご飯とお酒をごちそうしなさいと、父に言われていました」
パクさんが語る「新潟との縁」は、まるで短編小説のよう。お父さんは蔚山のテレビ局に勤めていて、1970年代に新潟を訪れたという。取材だったかどうかは不明だそうだが、日本への渡航はまだ大変だった時代。そんな中、お父さんを温かくもてなした新潟県人がいたらしい。もしかして、新潟のお酒をごちそうしたのだろうか。
阿賀野川流域の新潟水俣病が注目されていたころだ。お父さんは帰国後、パクさんに貝を食べさせなくなった。蔚山には蔚山工業団地、温山(オンサン)工業団地があり、「公害病」とされる温山病が発生した。韓国の軍事政権は公害病と認めなかったが、お父さんは「これは公害病なんだ」と話したそうだ。
興味深い話だったので、新潟日報にコラムを書き、かつて韓国人記者と交流した記憶のある人はいませんか―と呼び掛けた。残念ながら答えは返って来なかったが、北書店のイベントがなければ、パクさんの「物語」を知ることもなかった。
佐藤さんは閉店に向けてのインタビューで、「次も本屋を」と意欲を見せていた。まずはゆっくり充電を。北書店と北酒場の再開を楽しみにしています。
(写真は18年11月に北書店で開かれたパク・ミンギュさんのトークイベント。♥好きを押してくださると、猫おかみがお礼を言います。下の記事では、新潟の地酒が飲める「本間文庫にいがた食の図書館」を紹介しています)