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ご存じの商売物③~江戸の出版界を描く大人の絵本

 「御存商売物ごぞんじのしょうばいもの」(北尾政演まさのぶ作画、1778刊)の紹介。全三回の最終回。下巻の現代語訳。
 一枚絵と恋仲の、青本の妹、柱隠しはしらかくしが誘拐されて、さて、どうなることか。
 一枚絵は一枚の紙に刷られた浮世絵のこと。柱隠しはしらかくしは柱にるように縦長たてながの浮世絵。
 家には浮世絵を飾り、いろんな本を読んでいた江戸町人の家と家。
 文化の花開く江戸の町で評判となった黄表紙の最終回のはじまりはじまり。



下巻
十三

 青本は、妹の行方はどうなのかと青くなり、一枚絵にも義理が立たないと、黒本、赤本仕業しわざとは夢にも知らず、柱隠しはしらかくしだけに神隠しかみかくしにでもあったのか、ひょっとしたら田舎いなかへの土産みやげに買われたのかと心配し、占い本の男女一代八卦なんにょいちだいはっけを呼んで占わせる。
青本「四日市、両国あたりもたずねました。おみくじを引いても末吉さ」
八卦「ふむふむ。これはとかく湯島か神明前の店をおさがしなされい」 



十四

 赤本一枚絵の家へ来て申すには、
赤本「おまえ、まだ知らねえか。青本の妹の柱隠しはしらかくしは、黒本といちゃいちゃして、黒本の所へ逃げて行き、青本も、一枚絵は短気ですぐにのぼせあがるので、あんな者と結婚させるより、色は黒くとも、同じ仲間の黒本と結婚させれば不足はないと、娘とおまえの手を切らす相談さ。おっと、おれが話したとは言いなさんなよ」
と、真っ赤なウソをついて一枚絵をたきつける。
 一枚絵は、これを聞き、おおいにあわてる。

 最新風俗情報の吉原細見さいけんは、黒本、赤本の悪巧わるだくみを知って、青本に告げれば、青本は初めて聞いて、大いに驚く。 



十五

 一枚絵は、若気わかげいたり、まんまと黒本、赤本の謀略ぼうりゃくにひっかかり、結婚を認めていたのに心変わりした青本に大いに腹を立て、
一枚絵「おのれ、にく再生紙さいせいし野郎やろうめ、引きいて紙くずかごにうち捨ててやる(草双紙くさぞうしは再生紙で作られていた)」
と、ろくに訳も聞かず、青本が吉原にいることを知り、果たし合いをしようと、顔色を変えて走り行く。
 ちょうどそのとき、向こうより、唐詩選とうしせん源氏物語げんじものがたりが通りかかり、この様子を見て、訳のありそうなことと、話を聞き、いろいろ意見して果たし合いをやめさせる。 



十六

 唐詩選とうしせん、源氏物語は、一枚絵青本から訳を聞くと、黒本、赤本仕業しわざだとわかり、青本、一枚絵に教訓する。
源氏物語「絵草紙えぞうし(一枚絵などの浮世絵本)、草双紙くさぞうし(黄表紙などの絵本)は、仲間が違うとはいうものの、どちらも本と名がつけば、同じ仲間なり。今回の事件、赤本、黒本の仕業しわざ、もってのほかなり。本が繁盛はんじょうしたり不繁盛するのは、それぞれの心にあることなり。世の移り変わりはつねにあること。青本も、世の中に評判になるにまかせ、風俗通いも程度問題。女郎に首ったけになるのも夢をみるようなもの。子ども向けの本だという趣向しゅこうせいを出し、黒本、赤本、一枚絵も仲良くしたまえ」
と、やさしく述べれば、唐詩選とうしせん五言絶句ごごんぜっくと意見する。
唐詩選「一枚絵も、ろくに訳も聞かず刃物を持ち出す、浮世絵の似顔絵といえども、顔に似合わぬ短気者」と言う。
源氏物語「かならずしかる源氏(光源氏)だと思うなよ」
青本「昔からある本の言うことはさすがだ」
 源氏物語と唐詩選の教訓に、皆承知しょうちする。 



十七

 さて、柱隠しはしらかくし一枚絵と結婚し、めでたくおさまりしが、赤本、黒本のこのたびの悪巧わるだくみは、ツメがあまく、これは本の仕立したてが悪いから、根性が曲がっていると、定規を使い切り直し、千枚通しせんまいどおしで穴を開け、根性をじ直す。
 さてさてまたまた、今回の騒動そうどうのきっかけは、八文字はちもんじ読本よみほん行成表紙こうぜいびょうしくだり絵本陰謀いんぼうということがわかり、こんな古くさい本は紙の無駄むだだと、ばらばらにされ、顔にはらくがきされる。
 徒然草は、唐詩選、源氏物語の指示をうけ、江戸の本たちに命令して作業する。
黒本「もう直った直った」
黒本、赤本は根性をじ直されてより、元のごとく繁盛はんじょうする。 



十八

 これよりして、本屋の商売物、仲むつまじく、すえ万々まんまん年も繁盛はんじょうしてさかえ、切ったり張ったの草双紙くさぞうしのすたりしも、げに太平たいへいの世のありがたさと思ううち、表を通る商売人、
一枚絵草双紙くさぞうし、正月の宝船たからぶねの絵、双六すごろく
と呼んで通る声に驚き、起き上がろうとするところへ、さらに門から声が、
「出版社の鶴屋喜右衛門つるやきえもん、正月の御慶ぎょけい申しいれます」 

 


 オチは正月の夢だったというもの。
 夢オチというストーリーよりも、それをどう表現するかということに人々の興味の中心があった。
 正月には、黄表紙などの草双紙くさぞうし浮世絵の新版が出版された。人々は最新の本や浮世絵を見るだけでなく、古くからある「源氏物語」「徒然草」や「唐詩選」も読んでいた。
 江戸の町には多くの出版社もあった(版元はんもとという)。有名なのは蔦重つたじゅうこと蔦屋重三郎つたやじゅうざぶろうだが、蔦重と並ぶ版元が、鶴喜つるきこと鶴屋喜右衛門つるやきえもんであり、本作品の版元となっている。
 上巻一の挿絵さしえには、各版元はんもと商標しょうひょうを描いたはかまをはいた作者が描かれていた。こんなに出版社があり、たくさんの本が出版されていた。

 いろいろな出版物に囲まれて、江戸の文化が花開いていく。 





 黄表紙の始まりといわれる「金々先生栄花夢きんきんせんせいえいがのゆめ」は、こちら、

 京伝の作品から「善玉悪玉」の言葉が生まれた黄表紙「心学早染草しんがくはやぞめぐさ」は、こちら、



  「唐詩選」がよく読まれていたように、漢詩も江戸の人々はよく知っていた。
 漢詩については、こちら、


 

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