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「照子浄頗梨」①江戸の黄表紙、地獄巡りの顛末記

 「地獄一面じごくいちめん照子浄頗梨かがみのじょうはり」(1790刊)は山東京伝さんとうきょうでん(1761~1816)作画の黄表紙きびょうし。上中下3巻。
 地獄の浄頗梨じょうはりの鏡には、生前の行為が全て映し出されることを題名としている。
 黄表紙は大人の絵本として江戸時代に描かれた。絵には有名な浮世絵師もたくさん参加している。
 作者、京伝は、江戸時代後半を代表する作家であり、浮世絵師北尾政演きたおまさのぶとしても知られている。作家であり画家でもあった。本作品は、京伝が文も絵もつくっている。
 黄表紙は、現代のマンガと同じく、絵も文もできなければならない。絵を浮世絵師に頼むにしても、構図の指示を下絵で出さねばならない。
 その作者による、地獄巡りのお笑い道中。
 作品の挿絵の一部をアレンジし、文章もわかりにくい過去のものは現代風に意訳して紹介する。


上巻
口上

東西東西とざいとうざい、これより世のお子様方へ、ずらり口上こうじょうを申し上げます。年々草双紙くさぞうし(絵本)をご覧にいれますに、評判もよろしく、ありがとうございます。さて、何かおもしろいネタはないかとさがしておれば、ふと思いつき、昔、小野篁おののたかむらが地獄へ行き来された出来事を、わかりやすくご覧にいれます。筆もまわらぬ作品ゆえ、まだるっこしくお思いでしょうが、まことにお子様方の読み物ですので、大人の方々は長い目でご覧ください。とかく理屈臭りくつくさいことではなく、ありえない話の無駄話むだばなしにて、筆の行方もわからぬたわむれで、ひとえに子どもだましのお笑い草でございます。そのための口上、左様さように。 


小野篁伝おののたかむらのでん
 小野篁おののたかむらは平安時代の貴族、小野岑守みねもりの長男なり。参議さんぎの職についたこともあり、野相公やそうこうとも呼ばれる。父母に孝行をつくし、身のたけは六尺二寸(186㎝くらい)、物事をよく知っており、習字もうまい。地獄とこの世の行き来をした。ある書にいわく、破軍星はぐんせい(北斗七星の七番目の星)の化身けしんなりと。 


 昔々、小野篁おののたかむらと申す方は、博学秀才はくがくしゅうさいで世に知られ、ことに仁徳じんとくがあることを、地獄の主人閻魔えんま大王、聞きおよび、これは会ってみたいと思い、二人の神を使者にして、迎えければ、たかむらも、「冥途めいど見物もおもしろかろう」と承知する。
使者「そもそもこれは、あなたが島流しにあったときの使者ではなく(篁は隠岐島おきのしまに島流しになり、その後許された)、あんまり楽しくない地獄の使者ゆえ、使者一人や二人では申し訳なく、地獄の十王がそろって迎えにまいりましたが、残りの八王は表に待たせております」
篁「地獄といえばちょっと気がすすまないが、地獄めぐりの温泉の旅と思えばどうってことない。俺はまた、この話は夢オチの焼き直しかと思ったぜ」


 かくしてたかむらは、なるほど地獄見物も新しい黄表紙の趣向なり、昔、朝比奈あさひな三郎が地獄巡りをしたと伝えられるが、そのように八大地獄、その中の十六地獄、計百三十六地獄をめぐらんと、江ノ島や鎌倉まで行く感じで、何の支度したくもなく、地獄の十王に誘われ、死出しでの旅路ではなく、生出いきでの旅に出発進行。
 この話を聞いた罪人たちは、たかむら仁徳じんとくしたい、皆々六道の辻ろくどうのつじまで迎えに出る。
 死出の旅路は、一里塚いちりづか門松かどまつなり。これを越せば、だんだん冥途めいどへ近づく。
篁「話に聞くのとは違い、なかなかよい景色じゃ。死んでから行くのじゃなく、生きて行くのはのんびりしたもんだ」
男「道中ご不便だろうと、はしを入れる箸紙はしがみをお使いください」
篁「ひたいにつけた三角は、サポーターみたいだなあ」
使者「この天気では、三途の川もおだやかでしょう。お昼ご飯は三途の川のお婆の店にいたしましょう」
駕籠かご屋「ハイハイ」


 たかむらは、ほどなく地獄に至り、閻魔えんま王にも対面し、いろいろもてなしにあずかるが、ある日、閻魔えんま王、昼飯を食うとて席を立てば、たかむらはひょうきん者ゆえ、閻魔えんま王の席に座り、閻魔えんま王の身振りや声をまねて、罪人の裁判をして、周りの皆を笑わせたまう。
篁「鬼というものは、ツノが二本であるはずが、二本差にほんざしの武士は野暮やぼだといって一本で歩くそうだな。」
鬼「たかむら様は、だいぶ閻魔えんまれしていなさる」
鬼「通人つうじん閻魔えんま様ってとこだ」


 それよりたかむらは、地獄中の拷問ごうもん責道具せめどうぐを見物し、いろいろ悪口を言う。
篁「その鉄の棒はなんだ。こんなものを質屋に持って行くとは、とんだずうずうしいやつらだ。それ、火の車を見ろ。いつ燃えたのか知らないが、もう今にも壊れそうだ。地獄の大釜おおがまの中には蜘蛛くもの巣がはっている。罪悪を調べるはかりの針は折れてるし、生前を映す浄頗梨じょうはりの鏡もくもっている。せっかくこの物語のタイトルにしたのに、こんな鏡じゃ使い道がないぜ」


 それよりたかむらは、各所を見物したまい、有名なつるぎの山を見ると、昔は見かけばかりのなまくら刀を植えていたけど、近年閻魔えんま王がはなはだ世話をやいて、名刀友切丸、あざ丸、正宗、国行、長船おさふねなどを集め、残らず植え替えたので、たかむらは、この山はものすごい値打ちものだと感動する。
篁「この山を娑婆しゃばの道具屋に見せたいな」
十王「これは名刀あおい下坂ともうし、よっく切れます。これからご覧ください」
篁「これ、冗談をするな。危ねえわ」 



 ここまでが上巻。
 本文は、たった5枚の紙に木版画で印刷したものを二つに折った、10ページの作品。見開きページもあるので、場面としては6場面くらいになる。
 つづきは次回のお楽しみ。
 中巻へつづく。 



 その他の黄表紙現代訳は、

 


 その他の黄表紙原本の紹介は、

 

 地獄については、

 



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