アブストラクトゲームで使用される捕獲の種類
はじめに
アブストラクトゲーム(運要素のないボードゲーム。将棋、チェス、囲碁、オセロなど)では、盤上にある対戦相手の駒をルールにもとづいて除去することをしばしば「捕獲」と表現します。この記事はアブストラクトゲームで使用される捕獲メカニクスの種類を7つのカテゴリ+αに分類して解説を試みたものです。
「捕獲」ルールのあるゲームはアブストラクトのなかでも広い範囲に及んでおり、どのようなタイプの捕獲ルールが採用されているかはそのゲームの性質を大なり小なり方向づけています。「捕獲」のタイプやその来歴を知ることは、アブストラクトの構造や成り立ちを把握したり、あるいは新たなアブストラクトゲームをデザインするうえで役に立つのではないかと考えました。
なお、捕獲された駒の処理という観点では、単に「盤上から除去する」以外にも「反転させて味方の駒にする」や「奪って持ち駒にする」「自分の駒の下に重ねる」「特定の地点または任意の地点に移動させる」といった場合もありますが、ここではその点には基本的に区別はつけず一様に「捕獲」として扱っています。
記述スタイルは『ゲームメカニクス大全』を参考にさせていただいています。また記事中の個々のゲームに関してはそのほとんどはWikipedia(英語版・日本語版)およびBoardGameGeekのデータベースを参照しており、それらは記事中でリンクを入れました。もとより記事内で各ゲームの完全な解説をすることは意図しておらず、かなり大雑把な言及になっていることをご留意いただきたいと思います。
1.着地・交換 (Replace)
将棋やチェスに代表される捕獲方法で、捕獲対象と同一のスペースに自分の駒を進め、駒を置き替えることによって捕獲を行います。この捕獲の特徴は、将棋・チェスがそうであるように、「駒の種類ごとに異なる移動能力がある」というルールと組み合わされることが多いことです。
将棋・チェスがポピュラーなため、一般的にもっともイメージしやすい捕獲方法だと思われますが、アブストラクトゲームにおいてもっとも原始的なものかというとそうとも限らないようです。というのもこの捕獲方法は視覚的に明快なため、駒の移動ルールが単純だとゲームとして成立しづらいからです。
歴史的には、バックギャモンやパチーシのような、古代からあるすごろく型のゲームに「相手の駒があるマスに自分の駒を進めると、その相手の駒をスタート地点に戻せる」というルールがあり、これがこのタイプの捕獲の原型ではないかと思われます。ダイスを用いず、移動能力の異なる複数の種類の駒を用いるチャトランガ(チェスの先祖)が登場したのは6-7世紀のインドでした。
現代のアブストラクトゲームでも、チェス・将棋タイプのゲームに関わらず様々なゲームで用いられている捕獲ルールです。フォーカス (1963) 以降は、「着地で捕獲した敵の駒を下に重ねる」タイプのスタッキングゲームも多数登場しています。
「着地・交換」の現代における例として、オニタマ(2014)では、コマにあらかじめ決まった移動能力がない代わりに、プレイヤーが共用するカードを使用して手番ごとに移動能力を決定し捕獲を行います。ツァール (2007) では、駒の移動能力に差はなく、自分の駒同士を重ねることで駒を強化し、相手からの捕獲を防ぐことができます。
2.ジャンプ (Jump)
チェッカーに代表される捕獲方法で、対象をまたぐように飛び越えて捕獲します。この捕獲方法の特徴は、チェッカーがそうであるように「強制捕獲」(捕獲可能な場合は捕獲しなければならない)や「連続ジャンプ」のルールを伴う場合が多いことです。
ジャンプ捕獲のメカニクスが登場したのは10世紀前後の中世ようです。当時のハンティングゲームと呼ばれる、先手と後手で駒の数や勝利方法が異なるタイプの伝統ゲームのひとつキツネとガチョウでは、「キツネ」側のプレイヤーは「ガチョウ」の駒をひとつ飛び越えることによって捕獲を行います。
チェッカーの祖先であるアルケルクが登場したのも10世紀の中東で、キツネとガチョウとおなじく盤面にひかれたグリッド上で駒を動かし、相手の駒を飛び越えて捕獲するゲームでした。これがフランスでチェスボードを使って遊ばれるようになり、徐々にルールが整えられていったのがチェッカー(ドラフト)です。
チェッカーはどういうわけか日本ではあまり市民権が得られませんでしたが、チェスに次ぐと言われるほど国際的にポピュラーなアブストラクトゲームであり、世界中に少しずつルールの異なるさまざまなチェッカーゲームが存在します。そのためジャンプ捕獲のメカニクスも、上記の「着地・交換」に次いで現代のアブストラクトゲームに頻出します。
ジャンプ捕獲を使用するゲームの重要な変種はシヴァリー (1887) / キャメロット (1930) です。このゲームでは各自兵士と騎士の2種類の駒を使用し、ハルマ (1883) のように味方の駒をジャンプして移動しつつ、チェッカーのように敵の駒をジャンプで捕獲することができます。相手側のゴールマスを2つ占拠することが勝利条件で、以降このような複数種類の駒+ジャンプ捕獲+敵陣占拠という組み合わせのゲームがしばしば作られています。
リープフロッグという伝統ゲームでは駒に敵味方の区別がなく、ジャンプ捕獲で交互に駒を捕獲していって最終的な捕獲の数を競います。この現代版と言えるゲームがゼヘツ (1999) で、2人のプレイヤーが価値の異なる3種類のコマを共有し、リングで構成されたボード上で配置とジャンプ捕獲を交互に行いながら得点を競います。
3.挟む (Pinch, Custodian Capture)
挟み将棋で使用される捕獲方法で、対象を自分の駒で両側から挟むことによって捕獲します。日本の挟み将棋の発祥ははっきりしませんが原始的な捕獲ルールの一つであり、古代ギリシアのペッテイアや古代ローマのルダス・ラトルンカロルムは、正確なルールは失われているものの挟み将棋型のゲームであったと考えられています。
中世ヨーロッパのタフル(ネファタフル)も挟み将棋型の非対称ゲームで、チェスが普及するまで北欧を中心に遊ばれていたようです。このほかエジプトのシーガ、タイのマックイェック、チベットのミンマン、北米インディアンのアウィトラクナクウェなど、東西を問わず伝承ゲームにしばしばみられる捕獲メカニズムなのですが、互いの駒が逃げ回ることでゲームが膠着状態に陥りやすいという欠点もあります。
挟むことによる捕獲のメカニズムは、19世紀末にイギリスに登場した、反転可能なコマを用いるリバーシによって新しい光が当てられました。挟み将棋型のゲームと異なり、リバーシでは一列に連なっているコマを一度に挟んで捕獲(反転)することができます。リバーシは日本では源平碁などと呼ばれていましたが、1970年代の日本で「オセロ」としてブランディング化が成功し世界中にこの名で普及するようになりました。
ペンテ(二抜き連珠)は五目並べの一種ですが、相手の駒が2つ並んでいる場合にのみそれらを挟むことによって捕獲できるというルールがあります。
「挟む」捕獲メカニズムを反転させたものとして「天秤」があります。相手の2つの駒の間に自分の駒を進めることで、両脇の相手の駒を両方捕獲するというもので、日本の挟み将棋の変則ルールやマックイェックなどで使用されています。日本の伝統的なハンティングゲームである十六むさしでは、駒を一つだけ使う「むさし」のプレイヤーは天秤によって相手の駒を捕獲します。現代のゲームではインサート (2021) などで使用されています。
4.囲む (Surround, Enclosure)
捕獲対象の周囲を駒で塞ぐことによって捕獲するもので、囲碁によって代表される捕獲方法です。囲碁の捕獲メカニクスは呼吸点(=空き交点)という考え方とセットになっていて、単独の石は縦横の隣接点をすべて敵の石で塞がれると呼吸を失って捕獲されます。同色の石が縦横で繋がっている場合は一つのグループとして扱われ呼吸点も共有されますが、すべての呼吸点を失うとグループごと捕獲されます。
囲碁の原理自体は上記のように明快なのですが、古代からの長い歴史の中で精緻になり繰り返しの禁止や勝利判定等にやや複雑なルールがあります。ブルーム (2018) は六角形ボードを使う囲碁のようなゲームですが、各自2色ずつを使用し、捕獲数を勝利条件とするなどしたことで複雑なルールを回避しています。アダプトイド (2009) にはグループの概念がない代わりに駒に手や足を追加して強化することができ、強化に応じた数の呼吸点が確保できなくなると捕獲されます。
「囲む」メカニクスのより素朴な例はアジアの伝統ゲームのホースシューやム・トレレに見られます。これらのゲームでは多くは円と中心点からなる単純なグリッド上で駒を動かしていき、動かせなくなった方がただちに負けになります。西瓜棋はこれらをもう少し発展させたような円形ゲームで、動かせなくなった駒は捕獲され2個まで減らされると負けになります。また前述した中世以来のハンティングゲームでは多くの場合、使用する駒が少ないほうのプレイヤーは駒が動かせないように囲まれると捕獲されます。
これらの延長線上にある現代のゲームの一例としてインターミディアム (1976) では、プレイヤーは重なってはいるが互いに行き来できない2つのグリッド上でスタックを動かしあい、相手のスタックを囲むと捕獲することができます。ブロッケイド (1870) やフィボナッチ (1992)、ハイヴ (2000) などでは、いずれも通常の意味での捕獲はありませんが王にあたる駒が完全に囲まれると敗北になります。
エントラップメント (1999) は、コリドール (1997) のように駒を動かしつつフェンス状の障害物を置いていくゲームですが、駒が囲まれて動かせなくなると捕獲されます。障害物を置くタイプのより素朴な先例としてトラップ (1972) などがあります。
5.押す (Push)
自分の駒をその先にいる相手の駒ごと押し込んでずらし、相手の駒を盤外などに移動させることによって捕獲する方法です。「押してずらす」というメカニクスは伝統ゲームの中には見当たらず、得点タイルを押し出して獲得するプッシュオーバー (1975)、相手の駒を押し出すものとしてはオーバーボード (1978) がその嚆矢のようです。おそらく19世紀末から存在するスライドパズルがヒントになったのではないかと思われます。
この捕獲メカニクスを用いた有名作はアバロン (1987) で、エパミノンダス (1975) にある列移動のメカニクスを組み合わせた、「列がより長いほうが、向かい合う相手の列を押すことができる」というルールでベストセラーとなりました。
ちなみにアバロンは両プレイヤーが消極的にプレイすると膠着状態になりやすいという欠点があり、のちにこれを補うために新たな初期配置が考案されているのですが、近年の人気作SHŌBU/勝負 (2019) は4×4マスの狭い盤面を使うことでこうした欠点を回避しているようです。
アリマア (2002) はチェスのような外見のゲームですが、駒の種類ごとに強さのランクがあり、自分より下位の敵の駒を押したり引っ張ったりして、盤上の落とし穴地点に移動させることで捕獲を行います。オストル (2017) では盤外でも落とし穴でも捕獲することができ、落とし穴自体を押して移動させることができます。エリーズ (2003) では、味方の駒のいる地点に敵の駒を押し込むことによって捕獲します。
これら「押す」メカニクスの派生と言えるのが衝撃波 (Shockwave) のメカニクスです。新たに駒が配置されると、その隣接マスにある駒が列ごとすべてその駒から離れる方向へ1マスずらされ盤外に落ちた駒が捕獲されます。このメカニクスはモメンタム (2010) ではじめて導入されたようで、撃退 (2020) は同様のルールに三目並べのゴールを取り合わせています。
6.接近・接触 (Meet, Approach)
接近は、敵の駒に向かって移動し隣接することによって捕獲する方法です。マダガスカルの伝統ゲームファノロナがこのメカニクスを持つゲームとして知られており、相手の駒に接近された駒は、その方向に並んでいる同色の駒の列ごと捕獲されます。ファノロナでは逆にあらかじめ敵に隣接していた駒がそこから離れることによっても捕獲を行うことができます。パイルアップリバーシ (2013) は、この接近の捕獲をオセロのようなフリップメカニクスと組み合わせています。
隣接は、移動の方向に関係なく、自分に隣接した周囲の駒をすべて捕獲するメカニクスです。アタックス (1990) やヘキサゴン (1992) はオセロのようなタイプのフリップゲームですが挟むことによる捕獲はなく、移動や配置を行った駒に隣接する敵駒をすべて裏返して自分側の駒にします。オルトコン (2001) は、ハイパーロボット (1999)のような突き当りまでの直線移動と、直交4方向の隣接捕獲を組み合わせています。
古典ゲームでは天竺大将棋の「火鬼」や広将棋の「毒火」にこのような捕獲能力があり、移動後に隣接8マスにある駒を敵味方関係なくすべて捕獲します。バランスブレーカーになりかねない強力な駒であり、上記のような現代のゲームでは駒を取り返せるフリップメカニクスと組み合わされている理由がよくわかります。
現代のゲームでは隣接捕獲にマジョリティなどの条件を付けた例もしばしば見られます。味方の駒の列が、同じ方向に並んでいる敵の列より長い場合に列ごと隣接捕獲を行うギャンビット (1965) 、隣接している味方の駒数が、相手が隣接している相手側の駒数より多い場合に捕獲できるゲリラ (1976) 、自分のグループサイズが相手よりも大きい場合にグループごと捕獲するオースト (2007) などです。
サークル・オブ・ライフ (2015) では特定の形態のグループが特定の形態に対して優位性を持ち、バグ (2017) では同じ形態のグループに対して、いずれもグループ単位の隣接捕獲を行います。ギプフ (1996) は前記したような押すことによる列移動を利用したゲームですが押し出しによる捕獲はなく、自分の駒4つ以上が1列にならんだとき、その列が並んでいる方向に隣接している敵の駒を捕獲します。
7.射撃・遠距離攻撃 (Shot, Remote Capture)
離れた場所にある対象を距離を保ったまま捕獲したり、あるいは移動を伴わずに捕獲する方法です。古典ゲームの中では広将棋に、移動した後で一定範囲内にいる敵を「射る」ことができる弓などの駒が存在します。また古将棋の一部には一手で2行動するかのようにふるまう駒があり、このような駒が一手内で対象を捕獲して元の位置にもどる(実際には動かない)ことを「居食い」と呼びます。
ライフルチェス (1921) は通常のチェスセットを使う人気のある変則チェスで、駒は通常のチェスと同じように動きますが、捕獲するときだけ「居食い」のようにその場を動かず移動範囲にある敵駒を捕獲します。マラウィ (1986) やブーム&ズーム (2012) はこのような捕獲とスタッキングを組み合わせたゲームで、どちらもスタックの高さに応じた距離を移動し、移動範囲内にある敵のスタック(後者はその一部)を自身は動かずに捕獲します。
「居食い」は移動範囲と攻撃範囲が一致する捕獲方法ですが、NXS (2015) やタンクチェス (2018) などではユニットの種類ごとに異なる移動、攻撃、防御の能力がそれぞれ別に割り当てられており、これらは明らかにウォーゲームに由来する発想だと思われます。歴史上最初のウォーゲームであるヘルヴィヒのゲーム (1780) には、すでに各ユニットの移動能力とは別に射撃能力が与えられており、2~3マス離れた位置にいる敵を攻撃することができました。
アーチャー (1985) は弓兵のみを使用するゲームで、駒の進行方向に常に3マス分の射程距離があり、自分の手番で相手の射程から逃れられないと捕獲されます。キャノン (2003) では通常時の兵士は着地・交換によって捕獲しますが、味方の兵士を3体直列させると「キャノン」になり、並んでいる方向に2~3マス離れた位置にいる敵を動かずに捕獲できるようになります。
アルキメデス (1975) では駒に常に8方向に仮想の射線が伸びており、3方向から味方の射線が集まっている敵を捕獲することができます。同様のメカニクスはアタングル (2006) やクロスヘア (2010) にもあり、これらのゲームでは2方向の射線(視線)が通っている敵を捕獲します。スリング&ストーン (2001) では、移動可能なスリングが味方のストーンのいるマスへ移動すると、そのストーンを「投擲」して直線上にいる敵を捕獲することができます。
8. その他の特殊な例
広将棋は古将棋のなかでも奇抜なルールが多数盛り込まれたバロック的なゲームで、「接近」「射撃」で触れたものの他にも様々な捕獲方法が見られます。例えば「霹靂」「招揺」といった駒は一手で五歩進むことができ、通過した地点にある敵の駒をすべて捕獲します。また、味方の特定の駒が成ると、敵の特定の駒がただちに捕獲されるといったルールもあります。
アトミックチェス (1995) は通常のチェスセットを使用する変則チェスで、一般のチェスルールに従って捕獲が行われた後、あたかもその駒が「爆発」するかのように、捕獲を行った駒自身、およびその周囲8マスにある(ポーン以外の)駒がすべて一度に捕獲されます。同様の捕獲ルールはフィッション (2003) やボンバードメント (2003) で採用されています。
古典ゲームのナイン・メンズ・モリスやそのヴァリアントでは、自分の駒を3つ一列に並べることができると、相手の駒を(3つ並んでいるもの以外)どれでも捕獲することができます。中国の伝統ゲームファンチーも似たタイプのゲームですが、こちらは2×2マスの四角形を作ったときに同じように捕獲が起こります。クワドラチャ (1992) は自分の駒3つと相手の駒1つが四角形の頂点になったとき、相手の駒を反転させるゲームです。
ケット:ザ・レーザーゲーム (2006) は、ボードの端から物理的に光線を照射できるようになっており、鏡面を持つ駒で光線を反射させて相手の駒に照射することで捕獲を行います。光線のギミックはありませんが同様の捕獲ルールがイースター島 (2007) で踏襲されています。
ガンボ (2017) では、プレイヤーは水平に一直線の並べた自分の駒の一つを前に出すと、相手はその駒の左右それぞれで最も近い自分の駒のどれかで応じ、負けたほうの駒が捕獲されます。駒の強さはシンボルの3すくみで決定され、同じシンボルであればランクの強いほうの勝ちになります。3すくみのメカニクス自体は珍しくありませんが、駒の強さ比べだけでゲームが成り立っているという点で珍しいゲームです。