#206 川のための岸 私のための本願
shore for river
the main prayer for me
「私のための本願」かぁ・・・
コレまた奥深すぎて、
頭を悩ませる「課題」ですね💦
どちらかといえば、
「他力本願」という言葉の表現を日常生活では「耳」にすることが多いような気がしているのは、私の「耳」が偏っているのであろうか?🤭
ちょっと調べてみました。
「自力本願」は、
他力本願に対しての造語だそうです。
そして、
「他力」「自力」については
他力も自力も目的は、
「悟りを得る、浄土に生れる」
ということだそうです。
「他力」は、
阿弥陀仏のはたらきを頼みにして、
受け入れること。
「自力」は、
自分の力・行いをあてにすることです。
「悟りを得る」ために、
私の行いでは、どうしようも無いことを受け入れ、そんな私にはたらきかけ続けてくださっているのが阿弥陀様であり、そのはたらきが「他力」なのです。
なるほど🧐
たしかに!
私の行いでは、
「どうしようもないこと」ばかりです。
誰かが後ろ盾してくれているなぁ。
姿は見えていないけれど、
誰が私を動かしているのだろう?
と、
「ふっ」と悟りを得たような気がした
何やら難しいですが、
「わたしの本願」を引き出している
「他力」で働いていることはたしかなのであろう。
1ヶ月後はどうなるのでしょうね。
2024年7月2日(晴)