見出し画像

【受験】教え子のために、マリア様に祈った日

あなたに恩師はいますか?

私はいます。たくさんいます。

保育園の時の先生。
歌舞伎の師匠。
高校時代の恩師。
大好きだった英語教室の先生。
他にもたくさんいます。

どの先生も「この人に出会っていなければ、今の私はない」という、私の人生において絶対に必要だった出会い。

私の目標は、
自分も、そんな「先生」になることだ。

私は英語教室を運営している。
50名ほどいる生徒たちのために、自分で言うのもなんだが、毎日けっこう頑張ってると思う。

「先生に出会えたから、今の自分があります!」
なんて、いつか卒業生に言われた日にゃ、喜びすぎて泣きながら小躍りすると思う。

さて、今回なんでこんな話をしているかと言うと、先週そんな「あぁ、先生やってて良かったな」の瞬間があったからだ。

それは、ある生徒の受験物語。

私の長女が私立受験で入試を受けていた日。
同じ街の、同じ時間帯に、違う高校で入学試験を受けている子がいた。

その子の名前をモモちゃん、という。


モモちゃんが初めて私の教室に来たのは、小学4年生の時だった。

お母さんに連れられ無料体験レッスンにきたモモちゃんは、静かでシャイな、人見知りの女の子だった。

モモちゃんは、ほかの生徒たちと仲良く一緒に勉強しながら、英検も一つづつ取り、授業中はとても楽しそうに、着実に英語力の階段を上って行った。

小6の時には、推薦で英語科も目指せるかもね!なんて話をしていた。

しかし、中学に入り事情が変わった。

モモちゃんは体調を崩すようになり、
学校に行ける日が少なくなった。

今の私ならわかる。
それが中1にはよく起こることで、事態は長引くことも。なぜなら、今、我が家の双子の次女と三女も同じ理由で学校に行けないからだ。

しかし、当時の私は何もわかっていなかった。

モモちゃんは、起立性低血圧や過敏性腸症候群も相まって、学校を休みがちになった。

その頃は、私の生徒で起立性にも過敏性にもなる子もおらず、なんなら中学生の生徒自体も少なかったので、私は実態を何もわかっていなかった。

モモちゃんは、
次第にうちの教室も休みがちになった。

ちょうど中学生にあがり、授業の難易度も上がったことも災いした。ただでさえ、みな苦戦する中1を、モモちゃんは体調とにらめっこしながら、それでも辞めずになんとか通ってくれた。

学校には行けたり行けなかったりしていたらしいが、体調さえ良ければうちの教室には来てくれるので、とにかく彼女の負担にならないように、心理的にも肉体的にも無理なく来れるように、とにかくそんなことばかりを考えていた気がする。

幸い、モモちゃんの親友も同じクラスにいたから、ここに来ることが気晴らしになればと、この教室が彼女のサードプレイスになれるように、と。

しかし、
私はやはり何もわかってなかったのだ。


モモちゃん自体も学校へ行きたい気持ちもあるし、授業に追いつけない焦りも大きい。

周りの生徒がみなどんどん英検の準2、2級と目指す中、自分は英検3級で止まってしまっている。でも、英検よりもまず学校の授業についていかなければならない。私から見ていても、当時のモモちゃんは焦っていたし、自分で自分を更に追いつめていたと思う。

なので、私も必死に励ました。

「大丈夫!」
「英検なんて後からいくらでも取れるから。」
「勉強だっていくらでも追いつけるよ。」
「だから無理しないで。」と。

今の私なら、言わない。


「無理しないで」という言葉は、こちらにとって便利な言葉だ。優しい言葉だし、使い勝手が良い。

でも、「無理をしないで」の後に待っているのは
本人が必死でもがきながら行う、穴埋め作業だ。

確かに英検は後からいつでも取れる。
でも取得時期が遅れるのは事実だし、単語や文法はやらないと忘れていく。

勉強は後からいくらでも追いつく。
でも、そのためには、みんなの倍の量を倍のスピードでやらなければならない。

それをわかっていたはずなのに、そんなリスクを見て見ぬふりして、私は「無理しないで」と言い続けてしまった。

その罪に気づいたのは、自分の双子の娘たちが学校に行けなくなってからだ。担任の先生も、保健室の先生も、なんなら世間も、みな「無理しないで休ませて」という。

でも、無理をせずに休んだしわ寄せが来るのは、本人だ。その休んでいた分、のちに多くの事が課され、そして奪われる。

それに気づいたとき、私は愕然とした。

あぁ、私は今までなんて無責任に「無理しないで」と言ってしまっていたのだろうか。それから、私は軽々しく「無理しないで」というのは、やめた。

私は、個人面談でそれをモモちゃんのお母さんに謝ったことがある。

私、何もわかってませんでした。無理しないでなんて、軽々しく言ってしまってごめんなさい、と。

謝りながら、ポロポロ涙が出た。お母さんは温かく理解してくれて、なんならうちの娘たちの事を心配して、様々な病院や治療の情報を教えてくれたりしてくれた。

モモちゃんのお母さんは、大丈夫、きっといい方向に進みますよ、と私を励ましてくれた。

これじゃあ、誰の個人面談かわかりませんよね、とお母さんと泣きながら笑った。


モモちゃんは、中2で進路を考え始めた。

最初目指していた英語科の推薦は厳しいとわかった。それはうちの双子も同じである。欠席日数が多すぎて、中学校から推薦してもらえないのだ。

個人面談で進路の話になるたびに、少し重い空気になる。本人も、通信制の高校に進むしかないのか、それともレベルをかなり下げた高校に進むか…と悩んだ。

私の教室では、中学生以上の生徒は本人とも面談する。もちろんモモちゃんとも面談した。モモちゃんは、進路どうしたい?と。

モモちゃんは
「本当はS高校に行きたいけど、多分無理だから通信かな…」とつぶやいた。

私は聞き逃さなかった。
S高校は、市内にある私立の女子高だ。モモちゃんはそこで入りたい部活があるという。でも、推薦が難しい以上、一般入試を受けなければならない。

モモちゃんがS高の偏差値をクリアして一般試験で合格するのは、かなりハードルが高かった。

今まで学校の授業にほとんど出れず、定期試験も受けられないことの多かった彼女は、勉強が遅れてしまっている部分もある。

とはいえ、私は諦めるには早いと思ったので、まずは情報集めることにした。

そして、S高校が塾や英語教室の先生向けの入試対策説明会を行っていると知り、即申し込んだ。


初めて行くS高は、とても静かな学校だった。

カトリックの学校なので、所々にマリア様の絵が飾られ、廊下をシスターが歩いている。先生たちは皆優しく、おおらかで、温かい。

校内を見学させてもらう。少人数で丁寧な指導を行っていた。しかし違和感も感じた。少人数すぎやしないか?1クラス13人しかいないコースもある。

私たちの時代は、市内でも人気が高かったS高も、今は少子化の波も受けて志願者も年々減り、クラスの人数が定員に満たないらしい。昔に比べて評判もあまり聞かなくなった。

なるほど。
やはり私立は生徒が来てくれないと運営が立ち行かない。説明会に参加した私たちに立派なお弁当まで出たのは、高校側の必死の策だったのか。

でも、実際に説明会に行ってみて、授業の内容やカリキュラム、学校の取り組みを見てみると、すごく良いな、と思った。施設も充実しているし、先生たちも手厚い。私立だけあって指定校推薦枠も多く持っているし、歴史のある学校だから、地元とのパイプも太い。

これはもしかしてチャンスかもしれない。

理由無くこのS高の倍率が下がっている今、高校側の1人でも多くの生徒を入学させたい気持ちがこちらにも伝わってくる。様々な生徒を受け入れるために、S高側も多様な入試方法を用意してくれている。もしかして色んな方法を駆使したら、モモちゃんもS高に入れるのではないだろうか。

説明会の帰りに、入試担当の先生を捕まえていくつか質問してみた。

自分の生徒に学校に行けていない生徒がいること。でも英検も3級まで取ってるし、課外活動もがんばっているし、なによりすごく良い子なんです、そして御校が第一志望なんです、と。

その先生は親身になって聞いてくれて、

「うちの生徒にも、中学では不登校だったのに今は毎日通ってくれてる生徒もたくさんいるし、そのような生徒さんであれば、私たちとしては受け入れたいと思っています。」

と言ってくれた。

なんなら、推薦とか取れちゃったりはしないですよね…?と図々しく聞いてみたら

「中学校が推薦してくれるのであれば、こちらは受け入れる体制はあります」

とも言ってくれた。そして、

「一度ぜひ相談にいらしてください」と。

うそ!
思ってたより、いけそう!!!!

やっぱり説明会に行って良かった。
すぐにモモちゃんのお母さんに報告した。

お母さんは、涙を流して喜んでくれた。
「可能性があるのかもしれないですね」と。

とはいえ、簡単には行かない。


不登校の子が「通信制の高校に進む」という安全圏から、「ダメかもしれないけどイチかバチか本命の普通高校を受ける」と方向にシフトチェンジするのは、一見明るい話にも思えるが、実際はとてもリスキーだ。

受かるかどうかの保証はない。
それでも、私は何度も説明会に行き、先生たちに相談して、やはり可能性はあると感じた。

しかし、私がモモちゃんたちの背中を押して「行けるかも!」と希望を持たせるのは簡単だが、万が一不合格だった時の落差は大きい。多分、モモちゃんは、傷つく。受けなきゃ傷つくこともない。受けなきゃ良かったと思うかもしれない。無責任な事は言えない。

悩んだ。
かなり悩んだけど、それでも私はモモちゃんとお母さんに「私は、モモちゃんはS高を受けたほうがいいと思ってます。」と伝えた。

もちろん最後に決めるのはモモちゃん本人だ。
それでも、私の意見は伝えようと思った。

そうして、モモちゃんは親子でも話し合い、様々な葛藤の末、中3になり、S高を受けることを決めた。


私は、それからもS高の説明会という説明会には全て行った。そして、新しい情報を得ては、モモちゃんたちに共有した。

中3の10月に入試説明会があった。
そこで配られる、通称「おみやげ問題」と呼ばれる冊子に「この部分を勉強するといいらしいよ!」という文法や熟語がたんまり載ってるらしいと聞いて、それをゲットするために同じ中3の娘の名前を借りて、私も出陣した。もちろんモモちゃん親子も来ていた。

そのおみやげ問題を手にした私は、それをコピーしまくり、独自の穴埋め問題を作り、オリジナルのテストと解説も作成し、モモちゃんと取り組んだ。

しかし、「無理しないで」の弊害が
ここにきて私たちの行く手を阻んだ。

中1で英検3級まで取っていたモモちゃんの英語力は、やはりかなり基本的な部分まで落ちてしまっていた。

試験は2月半ば。今は10月末。
試験本番まで3ヶ月半しかない。

中学3年間の文法や単語を一つ一つおさらいしている時間はない。とにかくそのおみやげ問題と解説を読み説き、そこに書いている文法に限定して徹底的に何度も問題を解いた。

「覚えておこう!」のキーセンテンスは91個あった。それに全て解説を付けて、ファイリングし、年末年始に一人でも対策出来るようにモモちゃんに渡した。20ページ以上になり、私はスタバで一人、3時間かけて解説を書き込んだ。

12月に入り、過去問を解き始めた。
最初は全然読めなかった長文も、1月に入ると少しづつコツをつかみ、かと思いきや、一度覚えた表現や文法を忘れてしまい、また覚え直したりしながら、2月、何とか合格圏内ギリギリの点をとれるところまでになった。

試験前最後の日、私はモモちゃんだけでなく、みんなに受験応援セットを配った。

北海道の受験は、寒い。
当日の朝、手を温められるように「必勝合格」カイロと、脳のエネルギーブドウ糖と、太宰府で祈願してもらったキットカット(ネットで買える!)だ。去年辞めた受験生たちにも郵送した。

引っ越しで卒業してしまった教え子からも久しぶりに連絡がきた。

「私、得意の英語を活かして国際情報科受けます!」と。

うちの教室に通って、英語を好きになって、その道をめざしてくれることが嬉しかった。

モモちゃんにはおなかに貼る用のカイロも付けた。

「モモちゃん、大丈夫かな。」
「モモちゃん、受かるかな。」

私が家でも何度も口にするので、ついには夫も”モモちゃん”という名前を覚えた。会ったこともないのに。

私立高校入試、当日。

めちゃくちゃ心配してたけど、あまりプレッシャーに感じたら困ると、さすがに当日にLINEするのは控えた。

長女を試験会場へと送り出したあと、ふと空をみて、今頃モモちゃん、試験会場ついたかな?と思った。昨日寝れたかな。おなか痛くなってないかな。

あぁ。
どうか、どうか神様。
あの子を合格させてあげてください。

誰に祈ったらいいかわからなくて、
とりあえず、マリア様に祈った。


試験の当日の夜。

モモちゃんに「どうだった?」とLINEすると、

「英語、今までで一番自信があります!」

とLINEが来た。

あーーー、良かったーーーーー。
安心したーーーーー。
心底安心した。

きっとモモちゃんのことだ。前の日は寝れなかったに違いない。朝はお腹も痛かったに違いない。

緊張の中、試験会場で受験出来ただけでも、たくさん褒めてあげたいよ。

さらにLINEにはこう書いてあった。

「ほんとにありがとうございました。先生がいたからがんばってこれました。結果がどうなっても多分受けたことに後悔はないし、受けてよかったって思ってます。こたえが合ってるかは分からないけど、英語が今までの過去問で一番解けたのはすごい嬉しかったです!」


気がついたら泣いていた。
リビングで、スマホ片手に泣き出してしまった。
いつも涙もろい私だ。
またか、と夫が笑ってる。

嬉しかった。

「S高を受けたほうがいいと思ってます。」
なんて、本当に言って良かったのか、背中を押してよかったのか。私は最後まで葛藤してた。

だから「受けたことに後悔はない」というモモちゃんの言葉が嬉しくて、泣いた。

チカラになれたなら良かったよ。
あぁ、先生やっててよかったな。


入試本番から一週間後の2月20日、午前10時。
合否が出た。

私は娘の発表もあるので、スマホ片手に合否サイトのログインに手間取っていた。10時過ぎたのに、ログインできない!

そこへ、スマホが鳴った。
モモちゃんのお母さんからだった。


「合格しました!」



メッセージを読んだ。
その短い文を、何度も何度も読んだ。
何度も何度も確認した。

ログインを一度ほったらかし、すぐに電話した。

お母さんが電話に出た途端、
「おめでとうーーーー!!!!」
と言いながら泣き出してしまった。

お母さんも泣いていた。
「まず最初に先生に伝えたくて」と言ってくれた。

その言葉も嬉しかった。

二人で泣いて喜びを分かち合ったあと、電話を切って改めてLINEを見たら、LINEが送られた時間は「10:00」ピッタリだった。

本当に一番に連絡してくれたんだなと思うと、
また泣けた。


モモちゃん、よかったね。
マリア様、ありがとう!
会ったこともないのに、
私たちの願いを叶えてくれた。
私なんかプロテスタントの高校だったのに。
いや、そういうの神様界隈では関係ないか。


ももちゃん、ホントにがんばったもんね。
本当に本当におめでとう。

私はあなたが誇らしい。



モモちゃんが合格した後、
他の生徒もたくさん第一志望校に合格した。

公立の推薦を受けた生徒が2人いたが、高い倍率をくぐり抜け、2人とも合格した。

そのうちの一人は、英語の暗唱大会で娘と一緒に優秀賞を取った子だった。

うちの教室は幼児さんから英語学習を始める生徒も多い中、その子は小学5年生から英語を始めた。

真面目な彼女はひたむきにがんばり、中1で一度受験を見据えて辞めようかと相談を受けたが「私はあなたなら中3までに2級まで取れると思ってる」と伝え、再度覚悟を決めた彼女は、通い続けて中3で2級を取った。

中3になり、推薦試験を受けると決めた彼女の自己推薦の書類も、一から全部一緒に添削した。

推薦の面接では暗唱大会に出た事と英検2級を取ったこと、そして国際化社会の問題点について、語ったらしい。

その子のお母さんが教えてくれた。

「うちの子、面接の練習で『尊敬する人は誰ですか?』と聞かれて、先生の名前挙げてましたよ」と。

嬉しかった。ホント嬉しかったよ。
あぁ、先生やってて良かったな。

私は、すべての受験生に、同じ熱量で向き合った。その子やモモちゃんだけじゃない。みーんな、だ。

自分の利益より、保護者の顔色より、何より生徒自身の事を一番に考えて、自分の言葉で正直にみんなに伝えてきた。大変なこともあった。

でも、今進んでいる道は、多分間違ってない気がする。めちゃくちゃ大変だけど、きっとこれでいいのだ。そんな風に思えた。

教室をやっていて、英語を教えていて、
毎日いろんなことがある。

がんばってもうまくいかないことも、自分の不甲斐なさに落ち込むことも、思うように結果を出してあげられなくてつらい事もある。

それでも、誰か一人でも、ここに通って良かったって思ってくれる子がいたら。ここに来ることで人生が少しでも上向きになってくれるのであれば。

私はそれだけで嬉しい。


あわよくば、私もだれかの人生に良い影響を与えられる人でありたい。そして図々しくも、

「先生に会えてよかった。」
「先生がいたから今の自分がある。」

いつか、そう言われるようになるまで。


これからも私は頑張り続ける。


みんな、合格おめでとう!!!!!


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集