【中国語原書】台湾文学『人魚紀』(李維菁)を読んで
今日は、台湾の小説を紹介しようと思います。
台湾で使われている漢字・繁体字版の原書は、これまで拾い読みの経験はあったものの、なかなか敷居が高く、いつかしっかり読んでみたいと思っていました。
台湾の漢字は画数がとても多いので、目が慣れるまで時間がかかりますね……
体⇒體、尽⇒儘、旧⇒舊
こんな感じになります。
(日本の旧字体と同じでしょうか)
正直に言うと、きちんと内容を理解できたのか分からない部分もあるのですが、とても心に残る本だったので、紹介したいと思います。
李維菁『人魚紀』新経典文化
李維菁(リーウェイジン)は、1969年台湾の基隆生まれ。
新聞社で記者をした後、芸術評論家として活動を始めます。
2010年より短編小説『我是許涼涼』、長編小説『生活是甜蜜』を発表。
この『人魚紀』は、第19届台北文学奨最高栄誉作品となりました。
あらすじはーー社交ダンスが大好きな主人公・夏天(シアティエン)は、熱心で真面目なダンス教師・東尼(トニー)と出会い、日々ダンスのレッスンに励んでいる。
社交ダンスの世界では、共に踊るパートナーを探すのはとても大変だが、いつか自分もパートナーを見つけたいと思っていた。
ダンス仲間の美心(メイシン)、トニーのダンスパートナーなど、ダンスを通じて様々な出会いがあり、夏天は次第に変化していく……という内容です。
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ここからはかなりネタバレを含みますので、ご注意くださいね。
夏天はとてもダンスを愛しているのですが、始めたのが遅かったため、実力が及ばず、プロの選手にはなれません。でも、競技会に出る選手へ憧れを持ちながら、トニーからレッスンを受けています。
この本で、一番好きだったのは、夏天とトニーのレッスン風景でした。
トニー自身も、素晴らしいダンサーでありながら、情熱をもってダンスの指導をしています。
正因為見過江湖中各種國標老師,我才能在遇到東尼時, 認出他的身體,那是真正的舞者,同時發現他有一位好老師的真誠熱情與魅力, 好舞者同時又是好老師,那是多大的幸運。
(P20-21)
二人の関係はどうなるんだろう(恋愛面で)……とちょっと期待しましたが、二人はとてもよい友人で、生徒とダンス教師という間柄です。
そんな夏天も遂にダンスパートナーを見つけます。
年齢が一回り以上も離れている、高校生の又林(ヨウリン)です。
ただ……ダンス一家に生まれ育った又林はとても傲慢で、仕方なく組んでやっている感がすごくあり、なんだか切なくなってしまいました。
また、夏天が母親から受けた虐待や、女性性について描かれている部分もあり、深いテーマが盛り込まれていて、読んでいて辛くなるシーンもありました。
やがて夏天は、自分の孤独などの感情に向き合い、少しずつ変化していきます。
そして、ダンスから離れることで、自分の気持ちに気付くのです。
私が印象に残ったのは、このフレーズです。
我不穿金色高跟鞋了,我只能穿平底便鞋。
私は金色のハイヒールを履かないことにする。ただローファーを履くだけだ。
(p225)
この本の前半、トニーの元ダンスパートナー・子恩(ズーエン)が練習中に「金色高跟舞鞋」(ダンス用の金色のハイヒール)を履いているシーンが出てきます。
この子恩は、容姿や才能に恵まれ、トニーからとても大切にされていました。
「金色高跟舞鞋」は夏天にとって憧れの象徴だったのかもしれません。
しかし、結局、夏天は「金色高跟鞋」(金色のハイヒール)を履かないことにすると言っています。
もう社交ダンスを踊らない彼女にとって、「金色高跟鞋」(金色のハイヒール)は必要ないのでしょう。
これからは実用的な「平底便鞋」(ローファー)を履いて生きていく……ということなのかなと思いました。
でも、ダンスの世界を離れても、トニーとレッスンに励んだという楽しい思い出は、彼女の中に残っているのです。
これは、いわゆるサクセスストーリーではありませんが、社交ダンスを愛した一人の女性の生き方を描いた本でした。
作者の李維菁は、この本を書き上げた後、2018年に49歳でガンで亡くなっています。
ガンの治療をしながら執筆していたそうで、『人魚紀』は彼女が自分の命を注ぎ込んで書いた作品だと言えるでしょう。
少し哀愁を帯びた文章から、李維菁の様々な思いが伝わってくる一冊でした。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。