【中国語原書】台湾を代表する作家・呉明益『苦雨之地』を読んで
こんにちは。
大変ご無沙汰しております。
更新が不定期になっていますが、これからも原書などの紹介を続けたいと思っていますので、またお立ち寄り頂ければとても嬉しいです!!
さて、今日は現在の台湾を代表する作家の一人、呉明益さんの小説『苦雨之地』を紹介したいと思います。
日本でも『歩道橋の魔術師』など数々の作品が翻訳されていて、とても人気がある作家さんです。
呉明益『苦雨之地』新経典文化/2019年
呉明益(ウーミンイー)は1971年台湾北部生まれ。現在、東華大学文学部の教授。
彼の教え子には、先日日本で翻訳された『リングサイド』(小学館)の著者・林育徳氏がいます。
これまで作品は多数ありますが、前述の『歩道橋の魔術師』(白水社)や、『自転車泥棒』(文藝春秋)は国際ブッカー賞の候補ともなり、数々の受賞をしています。
今年4月には日本で『複眼人』(KADOKAWA)が出版されました。
呉氏は黒潮海洋文教基金会の理事を務めるなど環境問題にも関心を持ち、ネイチャーライティングの作品も執筆しています。
この『苦雨之地』は6編の中短編小説から成り、自然と人間の関わりをテーマにしたものとなっています。
また「雲端裂縫」というコンピューターウイルスの登場など近未来的な要素も含みつつ、各作品が他の作品に影響を与えながら、一つの世界を作り出しています。
小説の主人公達は、ミミズの研究者であったり、鳥の鳴き声の専門家であったり様々ですが、同時に肉体的や精神的な苦しみを抱えていたりもするのです。
そんな中、彼らがそれぞれの形で自然に関わっていく過程が描かれています。
私が特に好きだったのは、「冰盾之森」(氷の森)という作品でした。
(ネタバレありです)
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敏敏(ミンミン)という女性が主人公のお話。最初は、南極の基地のシーンから始まります。
ミンミンは南極の基地にいるのですが、同僚が怪我をしたため、その同僚ともう一人が付き添いのため基地を離れることになります。
基地に残されたミンミンは、たった一人氷に閉ざされた世界で過ごす日々。
手に汗を握るシーンが続き、これは南極が舞台のお話なのか……と思いますが、そうではないのです。
実は、ミンミンは重度のうつ状態により、特殊な心理療法を受けている所なのです。
この南極のシーンは、ミンミンの意識をあらかじめ設定した場面に入り込ませ(この治療についてあまりよく分からなかったのですが、催眠療法の一種かなと思いました)、その世界で極限状態を経験することで、治療を行っていくというものでした。
「冰盾之森」は、ミンミンの意識での南極のシーンと現実世界の出来事との間を行ったり来たりする形で、展開していきます。
現実世界のミンミンは、阿賢(アーシェン)という高山植物研究者であり、木登りの専門家でもある恋人がいました。
ところが、阿賢は森に1人でいた時に落木し、意識不明の昏睡状態になってしまいます。
ミンミンは、意識の戻らない彼の面倒をずっと見ていたのですが、精神的にも疲れ果ててしまい、この治療を受けることにしたのです。
セラピーが進むにつれて、現実のミンミンにも前向きな変化が出てきます。
高所恐怖症だったミンミンですが、かつての阿賢がしていた、木登りの技術を友人の小鉄(シァオティエ)から学び始めます。
そして最後は…………台湾の鉄杉(標高2-3千mの台湾の高山地域に生える。数十mの巨木)でのシーンがとても印象的で、胸を打たれました。「生きている」ことを、改めて実感させてくれる作品です。
敏敏閉上眼,她聽得到阿賢的呼吸聲。(P121)
ミンミンは目を閉じた。阿賢の呼吸する音を聞くことができた。
本当はもうちょっとご紹介したいところですが……
『苦雨之地』は、今年中に河出書房新社さんより日本語訳が刊行予定なので、この辺にしておきますね。
この他、野生動物の売買について取り上げている作品があったり(これは悲しくて切なかった……)、人間が自然とどう関わっていくかについて考えさせられました。
また、台湾の大自然・奇莱山、大武山の雲海や、原住民・ルカイ族に伝わる話なども登場し、今まで知らなかった台湾の一面を知ることもできました。
そして最後に、この本の表紙や挿絵は呉明益さんご自身が描いていて、すごく素敵でした。
6つの作品で登場するミミズ、コウライウグイス、台湾鉄杉、ユキヒョウなどが描かれています。
私は絵のことは詳しくないのですが、色彩が綺麗でとても繊細な印象を受けました。
「台北ビエンナーレ2018」にはこの挿絵の原画が展示されたそうです。
日本ではどのような形で出版されるのか分かりませんが、呉明益さんの小説だけでなく、絵も見どころの一つだと思います。
興味を持たれた方は、日本語訳が刊行されたら、ぜひ一度読んでみて下さい。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。