条約灯台|江戸条約・大坂条約
江戸条約 8灯台 1864年(元治元年)にこの関門海峡で長州藩と英仏蘭米の四か国連合艦隊との間で馬関戦争(四国艦隊下関砲撃事件)が起こり、敗れた長州藩(幕府)は多額の賠償金を支払うことになった。1866年(慶応2年)に英仏蘭米の四か国は賠償金の減免と引き換えに十二条からなる江戸条約(改税約書)を幕府と結ぶ。十一条には「外国交易のため開港する全ての港への航海の安全のために必要な灯台、浮標、立標を整備する」と定められ、江戸条約によって国内に西洋式灯台の8基が設置された。
観音埼