編集者を殺せ
海外では、ジャーナリストや編集者のようなマスコミ人はけっこう殺される。
世界全体では、4日に1人殺されている、というデータがあった。女性ジャーナリストの殺害がふえているのをユネスコも警告している。
ギャングがらみや、戦場での死亡が多いだろう。
イスラム原理主義のテロリストに雑誌編集部が襲われ、12名が死んだシャルリー・エブド事件のような大きなのもあった。
日本ではマスコミ人は滅多に死なない。
朝日の赤報隊事件はあったが、稀だ。報道関係者が20名亡くなった、1991年の雲仙普賢岳事件は、殺されたのではなく、自然災害である。
記者も、最近はコタツ記事ばかりだから、ますます安全である。
なかでも、書籍の編集者は、安全な職業の代表のように思われる。
実際、身近で本の編集者が殺された話は、私の現役時代は聞かなかった。
でも、編集者は意外に恨まれる。
フィクションのなかでは、ときどき殺人の対象となる。
毎週1本のペースで、YouTubeで海外ドラマ「ガレージセール・ミステリー」(アメリカ/カナダ製作)が無料公開されている。
先週公開された「いつか見た殺人」が、そんな話だった。
ガレージセール・ミステリー「いつか見た殺人」(シネフィルWOWOWプラス)
殺されたのは元書籍編集者で、現役時代は作家に厳しく、たくさんの原稿をボツにしていた。
その過去の恨みで殺されたのだろうーーと推理される。(真相はどうか、はネタバレになるから書かない)
いろいろ身につまされる話だった。
あちらでも出版は不景気で、その話題がストーリーの節々に出てくる。
ある編集者は出版不況で仕事を変え、ある作家は出版社が本を出してくれないので自費出版する。
不景気の原因は「ネットのせい」のひとことで説明されていた。
そんな苦境の出版界で、原稿をボツにしただけで殺されるのなら、切ない話である。
でも、編集者に対する悪口は、日本でもときどき聞こえてくる。
『編集者を殺せ』は、レックス・スタウトのミステリーの邦題だが(原題はMurder by the Book)、フィクションのなかで編集者を殺して代理満足を得る作家も多いのだろう。
私も、厳しいタイプの編集者だった。
だから、たくさん恨みを買っていると思う。
でも、わかってほしいのは、原稿をボツにするのは、どんな場合も苦しい体験だったことだ。
いま引退して、昔のことを振り返ると、ボツにして悪かったなあ、ボツにされて悔しかったろうなあ、と思うことが多い。
編集者は、大なり小なり、作家の生殺与奪の「権力」を握るので、傲慢になっていたことはあると思う。
いろいろ申し訳なかったと思うし、残りの人生で、ボツ原稿の供養のようなことができたらいいなと思う。
だから、まあ、今さら私を探して殺さないでほしいと思う。
<参考>